その7-2
ある秋の夕暮れ時、頭髪の問題に悩むすべての男性にとって福音となる外用薬、すなわち確実性と即効性を兼ね備えた毛生え薬を完成させた博士は、中庭のベンチに腰掛けてぼんやりしていた。
ここ数週間研究室に篭っているうちに秋はその深さを増していた。
夏には爽やかな木陰を作ってくれた銀杏の葉も黄色く色づき、そこに夕日が当たって何とも美しい・・・久しぶりに研究室の外に出た博士は飽かずに眺めていた。
「ハックション!」
もうスウェットスーツに白衣だけでは肌寒い季節・・・博士が腰を上げようとしたその時、ひざ掛けと紙コップが差し出された。
差し出したのは若い女性、制服を着ているところを見るとこの製薬会社のOLらしい。
「あ・・・ありがとう・・・でもどうして?」
「さっきからこの肌寒い中うっとりと紅葉を眺めていらっしゃいましたので・・・お見掛けしないお顔ですけど、研究所の方ですか?」
「うん、そうだけど」
「きっと根を詰めていらしたんでしょうね、そんな格好では風邪をひきます、特効薬も出来ましたけど、ひかないに越したことはないでしょう?・・・これ、小さいですけど少しはましかなって」
彼女が肩にかけてくれたひざ掛けはとても暖かだった、そして紙コップのココア・・・普段はブラックコーヒーばかりの博士だったが、一口飲むとその暖かさと甘さに心が溶け出して行くかのよう・・・。
「美味しいな・・・それに温まるよ」
彼女の優しい心遣いと笑顔の温かさは心まで温めてくれ、ちょっぴりふくよかな体つきと少し丸っこい顔も気持ちを和ませてくれる。
「そうですか、良かったぁ・・・ひざ掛けはそこに掛けて置いてください、後で取りに来ますから」
「あ・・・もう行っちゃうの?」
「まだ仕事中ですから」
「わざわざ僕の為にひざ掛けとココアを?」
「とても疲れていらっしゃるご様子でしたし、ちょっと寒そうに見えたものですから」
「出来たら、もうちょっとここに・・・」
博士がベンチの端に移ると、彼女は微笑んで隣に座ってくれた。
夕日が彼女の笑顔を明るく染める・・・。
「奇麗だなぁ・・・」
「そうですね、秋の夕日に銀杏の葉が映えて・・・この中庭の秋、大好きなんです、あなたも見とれていらしたようなのでつい嬉しくなって・・・」
「いや・・・僕が奇麗だと言ったのはね・・・うん、葉っぱも奇麗だけどね・・・」
「夕日ですか?」
「うん、夕日もそうなんだけどね・・・その・・・なんだ・・・君の事なんだ」
女湯を覗くことには執念を燃やしたものの博士に恋愛の経験はない、しかし、女性と付き合ったことがない分、その言葉にうそ偽りも計算もない、それを感じ取った彼女は恥じらって深く俯く。
彼女の頬が赤く染まっていたのは夕日のせいばかりではなかった・・・その初々しい横顔を目にした瞬間、博士は生まれて初めて恋に落ちた。