その3-1
「しまった!これではスイッチに触れることが出来ないじゃないか・・・」
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幽体離脱に成功したは良いが、元に戻る方法がわからず博士はうろたえた。
透明人間の薬は時間がたてば効力が薄れ、いずれは元に戻る、しかし、幽体離脱のマシンはきっかけを作るだけ、効果が薄れたり切れたりすることはない。
このまま放置すれば肉体の方は飲まず食わず、いずれは衰弱して死んでしまう。
しかも・・・。
腹が減った・・・肉体は生命活動を維持している、実はそれこそが最も難しかった点、感覚や思考は魂のほうに移っているのだが、生命維持に必要な脳の活動だけは残さなくてはいけない、当然肉体の方の脳も生理的感覚は感じる、そこまでは計算どおりだった。
しかしそれが魂にも伝わることは想定外、まさか魂になってまで空腹に苛まれるとは・・・。
思えばここ数日、研究に没頭するあまりまともに食事をしていない、この分だと肉体の衰弱は思ったより早いかもしれない、時間の猶予はあまりない・・・。
さらに・・・。
今度は尿意を覚え始めた。
マシンの完成を目前にして、一気に完成させてしまいたかった博士は眠気覚ましにコーヒーをがぶ飲みしていたのだ。
肉体の生理的な活動は続いている、膀胱には着々と尿が溜まって行っているはず・・・このままではおねしょだ・・・おねしょを垂らしながら餓死・・・とてもそんな恥ずかしいことには耐えられない・・・。
腹が減っても食えない、小便をしたくてもトイレに行けない、それどころか頭をかきむしろうにも頭がない、地団太踏もうにも足がない、魂だけと言うのは不便なものだ。
「ああ・・・もう・・・限界だ・・・」
魂だけの博士だが、思わずぶるっと震える感覚を覚えた。
そして、その瞬間、肉体もかすかに震えた。
「今、魂と肉体がシンクロしたぞ・・・この瞬間を捉えればもしや・・・」
幽体離脱マシンの原理は魂と肉体の波長をずらすことにある、逆に肉体に戻るには魂と肉体をシンクロさせれば良い。
確信はないが、可能性に賭けて博士は肉体に魂を重ね合わせて次のチャンスを待つ。
ぶるっ。
魂と肉体がシンクロして震えたその瞬間、博士は無事肉体に戻ることが出来た。
急いでトイレに駆け込み、安堵のため息を漏らす・・・放尿がこれほど心地良いものだとは・・・。
自在と言うわけには行かないが、とりあえず元に戻る方法は見つかった。
それを尿意に頼ると言うのは科学者として少々不本意だが・・・。
しかし、幽体離脱にも成功したことは事実、かねてよりの計画を実行に移さない理由はない・・・。