その2-1
透明人間の実験に成功したものの、願望を充分に叶える事は出来なかった博士は幽体離脱の研究に余念がない。
幽体離脱は化学の知識だけでは到底成功しない、医学、とりわけ脳医学の高度な知識も必要とする複雑な研究だが、博士の並外れた頭脳と寝食を忘れて没頭する集中力、そしてオカルト書にまで及ぶ熱心な研究がそれを現実のものとした。
そして前回同様、自分自身を実験台に。
今度は薬ではない、完成した機械に繋がっている金属製のヘルメット状のものをかぶるとスイッチ・オン・・・博士の肉体はどっとベッドに崩れ落ち、魂だけが宙に浮かんだ。
「よし、今度は一発で上手く行ったぞ」
博士の魂は横たわっている体を見下ろし、研究室の中を自由に飛び回る。
確かめてみると残した肉体は正常に呼吸し、心臓も規則正しく打っている、申し分のない成功だ。
「外に出てみよう」
博士の魂は壁をすり抜け、自由に宙を飛び回る。
「これは良い気分だ、実に爽快だぞ」
しかし、ジョギングに毛が生えた程度のスピードしか出ない、どうやら肉体が出せるスピードは超えられないらしい。
博士は運動会ではいつもダントツのビリ、速く走った経験がないので脳がそれを限界と決めつけているのだ・・・もっともいくら飛び回っても疲れることはないし息も上がらないのはありがたい、体力や運動神経といった分野ではからきしの博士だが、肉体から解放された今、自由気ままに思う存分飛び回った。
「しかし、もっと高速で移動する必要はあるな・・・」
目指すは美肌の湯で知られる件の温泉地、このスピードでは何日もかかる、それも億劫だがもう一つ大きな問題がある、その間残された肉体は飲まず食わず、衰弱して悪くすれば生命維持活動を停止してしまう、早く言えば死んでしまうのだ、いくら肉体から開放された状態が快適でも元に戻れないのは困る。
博士は駅に飛んで来た、誰も博士に気付かないし、人ごみの中に突っ込んで行ってもどんどんすり抜けられる。
「よし、これなら・・・」
博士は電車の車体をすり抜けて車内で宙に浮かんだ、誰も気付かないから交通費も浮くし、どんなに混んでいても座る必要もない・・・。
ほくそえんだのも束の間。
「え?」
電車は博士を残して走り去って行ってしまった・・・車体をすり抜けてしまったのだ。
「そうか、今の私は実体がないからな・・・仕方がない、ひとまず肉体に戻ろう、電車で温泉に行ってから幽体離脱すれば良いだけのことだ」
博士は研究室に戻り、残して来た肉体に戻ろうとする・・・ちゃんと元に戻るためのスイッチは付けてあるのだが・・・。
「しまった!これではスイッチに触ることが出来ないじゃないか!・・・」