その1-1
博士はここ数週間と言うもの、透明人間の研究に余念がない。
「遂に完成した・・・早速実験だ・・・」
研究はただ一人で進めて来た、実験体は自分自身しかない。
博士はフラスコから一気に薬を飲んだ。
一分・・・十分・・・三十分・・・。
体になんの変化も現れない。
「また失敗か・・・」
博士はどっと疲労感に襲われてベッドに倒れ込む。
「何がいけなかった?理論上は正しいはずだ・・・配合か?・・・それともまだ何かが不足しているのか?・・・」
夢中で研究に没頭して来た疲労が博士を眠りの世界に引き込んで行く・・・。
目覚めた博士はシャワーを浴びようと服を脱ぎ・・・ぎょっとした。
体が真っ二つに・・・いや、よく見れば腹の部分だけが透明になっているのだ。
「これは・・・成功か?・・・」
結局、透明の範囲はもう少しだけ広がったものの全身が消えないうちに元に戻り始めてしまった。
「・・・まだまだ改良が必要だな・・・」
しかし、部分的ながら透明になったのだ、方向性は間違っていない、後は改良を加えていけば良い・・・。
「よし、再度実験だ」
博士は服を脱ぎ捨て、改良を加えた薬を体に塗り始める。
飲み薬から塗り薬に改良したのだ。
「今度こそ・・・」
効果が現れるまでには2〜3時間ほどかかるはず、ここ数日はまともに眠っていない博士は仮眠をとることにした。
目が覚めると真っ先に鏡の前へ・・・。
「・・・これではだめだ・・・・」
鏡に映った自分の姿はまるで理科室の人体標本模型のように筋肉や内臓を露出させていた。
「今度は大丈夫だ」
博士は服を脱ぎ捨て、更に改良を加えた薬を体に塗り始める。
そして塗り終わると残りを飲み干した・・・体の内外から薬を効かせようという計画だ。
そして仮眠から醒めると真っ先に鏡の前へ・・・。
「・・・これは・・・ほぼ成功だな・・・」
鏡の中には博士の背中だけがぽっかりと浮かんでいた。
「よし、今度こそ成功だ!」
博士は鏡で自分が完全に透明になった事を確認すると、研究室の外へ飛び出して行った。
「きゃあ!」
「なんだ!あれは!」
「お化けよ!」
道行く人々が博士の方を向いて口々に叫ぶ。
(おかしい・・・私は完全に透明なはずだが・・・)
博士は首を捻りながら踵を返した。
その足にサンダルを履いていることに気付かずに・・・。
「私としたことが、少し舞い上がっていたな・・・」
サンダルの一件に気がついた博士は、今度は裸足で通りに出た、誰も博士に気付かない。
「よし、今度こそ成功だ」
そう思ったのも束の間・・・足の裏が熱くてとても歩けたものではない。
研究室に篭ると外界のことにはまるで無頓着になる博士は気づかなかったのだ、夏の日差しがアスファルトをフライパンのように熱くしていることに。
「もう大丈夫だろう・・・」
博士は秋まで待たなくてはならなかった、薬はとっくに完成していると言うのに・・・。
裸足で通りに出たが、誰も博士には気付かない、大丈夫、今度こそ・・・。
博士は念願を果たそうと歩き始めた。
・・・女湯を覗く為に・・・。
平日の昼間、そんな時間の銭湯に若い女性など居るはずもないのだが、世間に疎い博士がそれを知る由もなかった。
「今度こそ、なんとしても・・・」
博士は温泉地に来ている、『美肌の湯』として名高い温泉、若い女性に大人気の温泉と調べもついている、ここならば必ず・・・。
博士の願望は遂に天に聞き入れられた・・・大浴場は若い女性でいっぱい・・・。
(この為にどれほどの苦労をして来たことか・・・)
博士は感涙にむせんだ。
涙を拭うと、とりわけ若く可愛らしい三人連れが露天の方へ・・・。
(よし、露天の方にも行ってみよう・・・)
内湯より更に多くの若い女性たちが・・・天にも昇る心持だった。
(しかし、裸ではちょっと寒いな・・・いやいや、ここは温泉じゃないか)
薬は一度効力を発揮すれば洗い流しても問題ない事は確認済みだ。
博士は音を立てないように気を配りながらゆっくりと湯に浸かった・・・途端に女性たちが悲鳴を上げて逃げて行く。
(何故だ?・・・私は完全に透明なはず・・・あっ・・・)
視線を落とした博士はうろたえた。
『美肌の湯』は乳白色、そこに透明人間が浸かれば・・・・。
博士は今どうしているかって?
今度は幽体離脱の研究に余念がないそうだ。