The Change!〜少年の逆襲編〜-2
「ふーん……薬で女の子に、か」
顔には思いっきり「あぁ面白え」と書いてある。
「俺にもくれよ〜貰ってきて」
「おいι」
「男ダチに使ってみてスキルアップってのもおつな話だろ？」
「ってそっちかよ！！彼女とかに使うんじゃねぇの？」
力一杯突っ込みながら、目から鱗が落ちる思いがした。
「性別なんか関係ない」
その通りだ。
俺は少し、常識の箱の中に捕われていた。
兄はそんな俺に気付かず話し続けている。
「お前、俺に女がいると思っていたのか？」
「あぁなるほど！確かにそれは納っ……」
ガツゴツッ。
「ごめんなさいすいません俺が間違っていました。握りこぶし解いて下さい」
「俺より先に童貞卒業しやがって…！」
「まだ根に持ってんのかよ」
「うるせぇ！いいか、絶対貰ってこいよ！できなかったら姉貴にもばらしてやる」
「えぇぇええ？！！ι」
バタン。
台風のように甚大な被害を与え、兄は去っていった。
しかし、それは時に恵みの雨をもたらすこともある。
厄介な事にはなったが方針は決まった。
後は薬を俺の手で手に入れなければ。
これからのことを考え策略を巡らせながら、腰は痛いながらも幸せのうちに眠りについたのだった。
＊＊＊
二日後、土曜日午後三時。
俺は朋美に手渡されたメモを見ながら、見知らぬ町の中をテクテクと歩いていた。
もう暦の上では秋とはいえ、自然と汗が吹き出てくる。
性転換薬を作った伯父に会わせてほしい、と薬の提供者、朋美に持ちかけたのは昨日のことだった。
普段話したことのない俺にいきなり喋りかけられて驚いてはいたようだが、すぐにサラサラと隣町の地図を書いてくれた。
「アポとらなくても研究室に来る人は誰でも歓迎するって人だから、直接尋ねてくれる？」の言葉付きで。
ただ、一つ気になったのは、朋美から離れる時に
「伯父ってごくごく普通の人なんだけどさ〜どういうわけか会う人会う人皆すごくびっくりするんだよね〜」
と小首傾げてハテナ？としていたことである。
……一応人間だろうし、大丈夫だろう、多分、うん。
そうこうしているうちに目印となる角を曲がり、目的の家に辿り着く。
そこには二階建の赤い屋根の家があった。
門のところにも、朋美と同じ名字が書いてある。
ごく普通の民家……だよな？
もっと見るからに研究研究している所に住んでいるかと思っていた俺は少し拍子抜けしたが、逆に本当に普通の人っぽいと安心もした。
少し笑みを浮かべてドアに近づく。
「ごめんくださーい！」
だが、そんな思いは声をかけながらチャイムを鳴らした瞬間に打ち砕かれた。
「人類超能力研究所…？」
チャイムの横にかけられていた札を呆然と読み上げてみたり。
どうしよう、ものすごく帰りたくなってきた……
だが今帰ったらピンポンダッシュになるし確実に姉と兄の奴隷と化すだろう。
そんな数瞬の迷いが命取りだったのか、ぱたぱたと中から人が歩いてくる音がした。
「ハイハーイ」
ごくり、と唾を飲み込む。
ガチャ。
「どちら様？今研究中なんですけどぉ？」
……朋美よ、お前伯父のこと「ごくごく普通の人」って言ったよな？
形はまぁ納得だ。
中の上の顔立ちに細身の体付き、ちょっとインテリ風な眼鏡、陽に焼けてない肌、それでいて野性的な目付き。
だが……こんな、真っ昼間から白衣着てヘルメットかぶって右手にメスと左手に紫色の液体入ったフラスコ持って出てくる人物を普通と呼ぶのなら、俺は全世界の常識の方を疑う。
「あれ？勧誘さんじゃないみたいだね？あんたどなた？」
「え、えーーーっと……性転換薬を作った博士がいるって聞いてここにきて、俺の彼女がモニターやってるらしいんだけど……」
敬語も忘れてカチンカチンに言葉を喋る。
だが、伯父の方には伝わったらしくポンッと手を叩いて俺を指差してきた。
「あー！ひとみちゃん家のツトム君！」
「望です……」
「うん、分かっていってる」
なんなんだ。
「ま、上がってよ」
「はい……」
一歩中に踏み込んでも、そこはやはり普通の玄関と廊下だった。
しかし。
「よいしょっと」
理解不能の男はヘルメットとフラスコとメスを靴箱の中に放り込んだ。
ごとがたん、と鈍い音が響き、静かになる。
「…………」
「ん？強化ガラスだから平気だよ？フラスコも蓋してあるし」
「い、いや……」
物も言えず固まった俺に気付き苦笑を浮かべられた。
「流石に普段からあんな格好しないって。白衣とメスは仕事柄だけど。単なる勧誘避けだよ、最近のセールスしつこいから。一発でいなくなる」
試してみ？とウインクしながら微笑まれたのをみて、少し笑ってしまった。
確かに悪い人ではないらしい。
「散らかってるけどいいかな？コーヒーくらいはご馳走するよ」
「はい、博士」
こうして、自然と打ち解けてしまったのだった。