私と俺の被加虐的スイッチ-2
「おはよう。
朝ご飯、良かったら食べなさい。
私は仕事に行きます。
帰りたいのなら、このお金で帰りなさい。
鍵は郵便受けで良いから。
p.s.おにぎりは右から、鮭、梅、おかか。」
「……っはは」
思わず笑ってしまった。几帳面に書かれた文字、きっちり三角のおにぎり、茶封筒の中は壱万円札が一枚。
…あの女は人が良過ぎるのか…?猫といい俺といい…漫画の読み過ぎか…?
考えを巡らせるが、昨夜から何も食べて無いせいか、空腹すぎて眩暈がする。取りあえず…
俺は右端のおにぎりを口に運んだ。
昨夜は…宛も無くブラブラしていた。酷く鬱で……六月の梅雨独特の空気の重さが、俺を鬱にする要因だったのかもしれない。
家には誰もいない。昼夜問わずに、だ。親の離婚。残された俺。同情される事実だが、不幸だと思った事は無い。ただ、メシが…面倒になった。それだけだ。
昨夜もそうだった。メシをどうしようかと考えながら歩いていた。小雨だったから傘も差さずに歩いた。家に帰るのも面倒だし、親のあてがったカードは使い放題だから、今日もカプセルホテルに泊まろうかと思っていた。
そんな時だった。猫が足にすり寄って来たのは。段々と強くなる雨。震える猫。
……行く宛てが無いのは俺と同じか……。
黙ってガードレールにもたれる様に、地べたに尻をつける。雨水が湿ったジーパンに染み渡る。
猫は自分を連れて行かない事を悟り、少し離れた位置に丸まった。にゃーにゃーと行き交う人にアピールしている。
そして…この女に拾われた。俺もこいつも。
無言で歩く女の後ろを俺はただ黙って歩いた。深い理由は特に無かった。
………………
「雪下さん、この資料100部ずつコピーお願い。終わったら、さっきの資料と纏めて、ホチキスで一部ずつ綴じておいて」
どすんっ…重たげなファイルがデスクに置かれる。理不尽な仕事。
…これは貴方の仕事でしょう?…まぁ、悪態ついても仕事が減るわけでもないし。あからさまに帰る支度をしていた私も悪い。
只今pm 5:00。並べたデスクで残ってるのは三人くらい。ホワイトボードを見ると「外回り」の札が大半を占めている。
きっと後三十分もしないうちに足早に社に戻り、タイムカードを押して帰ってしまうんだろう。つまり、こう言う雑務を押し付けられるのは、外回り以外の事務処理をしている私達くらいなのだから。
…昨夜拾って来たあいつらの事も気になるが…。
とにかく、目の前の面倒臭い雑務を片付けるしかない。私は椅子に座り直し、分厚いブルーのファイルを開いた。
「雪下さん、先に上がるね」
あれから一時間。仕事を押し付けた野郎も帰ってしまった。
「……はぁ」
溜息を吐く度に老けた事を実感する。入りたての頃は、そんな理不尽な仕事を押し付ける奴等に食って掛かっていたのに。今はそう言うエネルギーすら感じない。流されるままに職務をこなす。
私は、この職場の中間管理職みたいな立場。雪下 由依子(ユキシタ ユイコ)もうすぐ30歳。座右の銘は「衝突より割り切って生きる」