たんぽぽ咲いた-1
店の名前を聞いて瞬時に青ざめた私を見て、
「あ…れ…? こうせいちゃん、もしかして…」
佳那汰君の顔が苦笑いに変わるのを見て、どうしても苦笑いが伝染ってしまう。
「…そのもしかしては、ビンゴです…」
俯き、ぎこちない敬語になってしまった私に、
「…そうなんだ…。店に居る兄貴が好きな紅一点の可愛い女性コックって、こうせいちゃんの事だったんだ…」
「そうです、店に居る紅一点のダメコックが私なんですごめんなさ……は??」
今なんて? 私は、佳那汰君を凝視した。
「ダメコック? なんの話?」
「那由多が好きな紅一点て、どゆこと?」
互いに驚き言い放った言葉が重なり混ざりあい、混乱して目を白黒させて固まってしまった。しばらく見つめあう形になり言葉を失う数秒後、
「なあんだそっか、あれは兄貴の勝手な片想なんだぁ。ボクはてっきり…」
佳那汰君は、安堵したように一人納得したとばかりに、くすくすと笑いだした。
「…何よ、一人で勝手に納得されても私にはわけわかんないよ。てか、那由多が私を好きとか絶対あり得ないけどね」
反して私は仏頂面でそっぽを向いた。
だってあの那由多がだよ? よりによって私なんかに片想いとか……うわぁ、それはないでしょ。
昨日だって散々嫌な事言われてしこたま傷つけられたんだしさ。
「あいつは私なんか嫌いだよ絶対。だって、だって…いつもあのどぎついつり目で睨んで怒るし、トロいチビとか毎日のように私の事を馬鹿にするし、昨日なんて…」
『向いてねーわ』
「…あんな、あんな鬼畜料理長っ、大っ嫌いだっ!」
また思い出したら泣きそうな私がいた。そんな私の頭をそっと撫でて、
「我慢しなくていいよ。ボクは泣き虫なこうせいちゃんをちゃんと知ってるから」
そっと頭を引き寄せられ、佳那汰君の胸に誘われた。
「それは二十年も昔の事だからっ! 私はもう二五なんだからねっ!」
「ううん、何十年経っても変わってないから。真っ直ぐで負けん気強くて、よく笑ってよく怒って、目一杯泣く。それがこうせいちゃんでしょ?」
幼かった純粋なお互いを知ってるって、なんかずるいや…。
大人になった佳那汰君だって、穏やかで優しいとこ全然変わってないじゃないか。
安堵で気持ちが解放された私は、佳那汰君の胸にしがみついて、
「悔しいよぉっ! 七年堪えて一生懸命頑張ってきたのに! 向いてねーわとか! 私が頑張ってきた時間、全否定されちゃったんだよ! 悔しいよ!」
溜まりに溜まった悔しさを吐き出して目一杯泣いた。佳那汰君は私の言葉に小さく相槌を打ちながら、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
ひとしきり泣いて、気持ちが落ち着いた私に、
「これからはさ、独りで抱えなくていいよ」
「え…?」
「ボクが傍にいるから。ね?」
「佳那汰…君?」
佳那汰君は、慈愛に満ちた優しい笑顔てそう私に告げて、
「二十年もかかってやっと再会出来たんだ。もう絶対にこうせいちゃんを離したくないから」
目一杯抱き締められて、切ない声で囁かれた。
「私だって…」
目を閉じたら、瞼に浮かぶあの日の昼下がり。
指切りの約束が出来ない代わりに、泣きながらしたぎこちないお別れの握手。
咲き始めた梅の香りや足元に生える黄色いたんぽぽ。昼下がりの透明な青い空。
どれも全部覚えてるから。
佳那汰君の背中にそっと両手を回したら、抱き締められる圧が強まった。
心がじんわりととろけ出す甘くて切ない感覚。
「だって、初恋の人だもん…」
まさか、こんな形で気持ちが伝えられるなんて。
そう思ったら、満ち足りた気持ちに包まれた。