死神-2
「パパァー!」
大通りを渡ろうとして信号を待っていると後ろから小さな女の子の声、見ると対岸で優しそうなサラリーマン風の男がにこやかに手を振っている・・・数分前ならこんな光景にも苛立っていたのだろうが、今はほほえましく思えて頬が緩み、自分をあざ笑っているかの様に感じたクリスマスソングも心地良く響いて来る。
その時だった。
女の子が道路に飛び出した。
「あっ!由美!」
母親の手はもう少しの所で女の子を掴み損ね、タイヤを軋ませながら右折して来た車が女の子に迫る。
信号の変り目、右折信号が消えてから歩行者用信号が青に変わるまでの数秒間の出来事、 女の子は立ちすくんでしまい、車は急ブレーキをかけたが到底間に合いそうにない。
パパに抱きつくのを待ちきれなかった女の子と、家路を急いだのかデートに遅れそうだったのか知らないが信号に引っかかりたくなかったらしい車、両方の先を急ごうとする気持ちが交差点で悲劇を引き起こそうとしていた。
俺は女の子を抱きかかえようと飛び出したが、間に合いそうにない・・・とっさに女の子を突き飛ばした瞬間、車は俺を撥ね飛ばした・・・。
スローモーションのようだった。
空中を舞いながらこっちを見て目を丸くしている女の子と目が合った。
(ああ、気にしないでいい、どうせ数分前までは死ぬつもりだったんだから・・・)
俺は微笑みかけてやったが、どう伝わったのかは分らない・・・。
グキッ。
ゴキッ。
嫌な音がした・・・どうやら首の骨が折れたらしい、頭蓋骨も陥没しちまったようだ。
目が急激に霞んで行く中、女の子が無事に母親に抱きかかえられ、父親が俺の方へ走ってくるところまではわかったが、俺の視界は急速に暗くなり始めた・・・。
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(悪いな、助けたばかりなのにな)
死神の声・・・頭の中に直接語りかけてきているらしい。
(ははは、随分早い再会だったな・・・いいよ、確かに俺は良い事をしたようだ、あの子は無事なんだろう?)
(ああ、ちょっと膝小僧を打ったくらいで大したことはない、あの子はいずれ優秀な外科医になって沢山の人命を救うことになってる)
(なるほどな、俺があのまま路地裏に寝そべってたら助かるはずの病人や怪我人も助からなくなったわけだ)
(そういうことだ、しかもあの子が医者になろうと決心するのは、たった今お前に命を助けられたからなんだよ)
(へぇ、思いの他大きな仕事をしたんだな、俺は・・・俺を連れて行くんだろう?)
(ああ・・・救急車が来たようだがもう間に合わない)
(だろうな・・・首が折れて頭が潰れたのは分ってるさ、もう指も動かないよ)
(みんながお前みたいに素直だと俺たちの仕事も楽なんだがな・・・さっきのチンピラは見苦しかったぜ、友達は連れて行くのに随分と手こずってたよ)
(ははは・・・俺はこの先何十年生きたって沢山の人の命を救うなんて事はできっこないからな、どうせさっきまで死のうと思ってたくらいだ、本望だよ・・・何分でもなかったが生き永らえさせてくれてありがたいと思ってる)
(・・・心臓が止まったな・・・行こうか)
(ああ、連れて行ってくれ・・・)
俺の魂は体を離れて宙に浮かび上がった、死神に抱えられながら俺はこの世に、そして30年付き合ってきた俺の体に軽く手を振った。
母親に抱きかかえられた女の子がふと空を見上げ、一瞬、目が合ったように感じた・・・。
(そう言や、兄貴には悪い事をしたな、親父とお袋の葬式を出したばっかりだって言うのに、俺の葬式まで出すはめになっちまって・・・)
( そうだな・・・そこんとこは俺たちの管轄じゃないが、天使のやつらにはお前が小さな女の子を助けて、兄貴を案じながら死んだと伝えて置くよ、あいつらの裁量範囲も大したことはないが出来るだけの事はしてくれるだろうよ、何しろあいつらは慈悲深いからな)
(有り難いよ、そう言うお前も結構良い奴じゃないか)
(ははは、そんな事を言われたのは何百年ぶりかな・・・)
(だろうな・・・ついでといっちゃ何だし、死神にこんな事を言っていいのか分からないが・・・)
(何だ?言ってみてくれ)
(・・・メリー・クリスマス、死神さんよ・・・)
(ははは、そいつを言われたのは初めてだよ・・・メリー・クリスマス、名もない救世主さんよ・・・)