清心高校失笑日誌-2
話は、30分程前に逆上る。授業が終わり、天垣が科学部へ行こうとした時だ。前方の廊下の曲がり角から、ある人物が姿を現した。
「どうも、天垣君」
フワフワとした亜麻色の長い髪。制服をキッチリと着こなした、涼やかな目元の少女だ。
「やあ、如月君。生徒会長が、直々に僕をストーキングかい?」
「冗談はやめて。今日は、大切なお話があるの」
彼女は、清心高校生徒会会長の如月みずほ。いろいろな意味でイレギュラーな天垣翔を敵視している。
「これは生徒会で決定したことよ。科学部は、今回の実験活動の結果を生徒会へ報告。その結果次第では、科学部は廃部」
「……」
「失敗ばかりで、下らない内容の実験しかしない科学部なんて、不必要でしょ?」
「下らないかな?」
「えぇ。話は聞いてるわよ。両手を手錠で拘束し、顔を洗面器に突っ込む。頭の上に200kgの重りを載せる。何の実験?」
「人は、死に直面すると壮絶なパワーを発揮する。その火事場の馬鹿力の実験だよ」
「被験者の加賀義人君は、重りをどけられず、死にかけたそうじゃない」
「お花畑が見えたそうだよ。リーゼントの不良が手招きをしていたそうだ」
「生徒会は、無駄な活動を繰り返すような団体は取り潰し、その部費をまともな部に回すことを決めたの。じゃあ、せいぜい無駄な努力をしなさい。お〜ほっほっほっほっほ」
右手を腰に当て、左手を口元に当てながらの『お嬢様笑い』をしながら、彼女は歩き去って行った。
「お〜ほっほっほ。お〜ほっほっほげふ!げほげほ!がほん!」
「むせたか」
「と、こういうこと」
「なるほど。たしかに『お嬢様笑い』は不自然だからな。そりゃむせる」
「まあ、それが彼女のキャラだから仕方ないけど」
「って、そんな悠長な話をしてる場合ですか!」
篠崎が、ズビシィッと突っ込む。
「下手したら、科学部がなくなっちゃうんですよ! ここは、もっとマジメに考えるべきじゃないですか?」
「ふむ……では、マジメに。加賀君、君は如月君の笑い方について、どう思うかね? 適切な意見を述べられるものなら述べてみたまえ」
「その言い方、僕に、お喧嘩を売却しているのかね? 彼女の笑い方は、極めて不自然な」
「違うでしょおぉぉ!」
篠崎必殺の、ダブルハリセンチョップが、2人の頭に決まった。
「今日は、一体どんな活動をすれば良いかを考えるんですよ!」
「ハッハッハ。冗談が通じないねぇ。篠崎君は」
天垣は、軽く微笑むと、チョークを手に取る。
「安心したまえ。生徒会を『ぎゃふん』とか『にゃふん』とか言わせる、すばらしい実験テーマを用意してあるのだよ」
そう言って、彼は黒板にデカデカと『雨よ降れ、風よ吹け、ダメ季節の名誉挽回作戦』と書いた。
「今日は、雨を降らせます!」
天垣は、グッと拳を握り締めた。
「……」
「……」
押し黙る篠崎と加賀。しばらく、沈黙が続く。
「とりあえず、磁石を使って砂鉄で絵を描くってどうでしょう?」
「そうだな。それなら絶対に失敗しないし」
「ちょっと君たち、無視はよくないぞ」
どこからか取り出した棒磁石を手にした2人の肩を、天垣は掴む。
「だって無理だろ!」
「大丈夫、科学に不可能はないのだ!」
「じゃあ、科学の力で人間はパンダになれんのか? 無理だろ?」
「着ぐるみを着れば、人はパンダになれる」
「科学じゃねえだろ!」
「とにかく、安心したまえ。理論上は完璧なんだ」
「いえいえ、テーマからして失敗じゃないですか」
「大丈夫だと言ってるだろう。僕の全知識を結集させて、こんな切札まで用意しているのに」
と言って、教壇に何かを置く。