また、風は吹く-1
瞼に眩しさを感じて目覚めた翌朝。
隣には、穏やかに寝息を立てる陽さんがいた。
几帳面にハンガーに掛けられた衣服。私の体を包む、サイズの合わない陽さんの部屋着を抱き締めるように両腕を組んで自分の体を抱き締める。
それだけで、なんだかとても幸せだった。
名残惜しいな…。
陽さんを起こさないようにそっと髪を撫でて、昨夜の余韻に浸る。でも…。
「戻らなきゃ…ね」
昨夜約束したの。
大切な気持ちを、夢を諦めないって。
「病気を悲観して閉塞してしまう時間を閉じ込めなくてもいい。だけど、がんじからめになって、独りになって欲しくないんだ。綾乃さんには僕が居る事をどうか忘れないで欲しい」
そう言って抱き締めてくれた陽さんの為にも、勿論自分自身の為にも。
もう一度頑張ろう。足掻いてみよう。
ダメでも全てが終わりじゃない。
そう思えたら、未来画図が淡い色を取り戻していく気がした。
陽さんのダイニングバーへ通い、二年半。
今までは、客と店主という距離のある関係だった。
ずっと一方的に私が陽さんに話している関係だった筈なのに、陽さんは、
「綾乃さんの話しを聞くと、僕は凄く元気になれるんだよ。貴女が苦楽に向かい、笑ったり泣いたり怒ったり。感情豊かに生きているんだなって思って。そんな綾乃さんを見ているとんだか幸とてもせなんだ」
私にそんな言葉をくれた。
「ありがとう、陽さん。私も幸せだよ」
深く眠る陽さんの頬にそっと口づけを残して、私は衣服を整えて、ベッドの頭にメモを残して陽さんのマンションを後にした。
タクシーの中で、車窓を流れる朝の慌ただしい出勤時の景色に目を細めてひとつ息を吐く。
今はまだ遠い世界だ。だけどきっと、また私はあの慌ただしくも目映い世界に戻るんだ。そう心に誓った。