また、風は吹く-2
病院へ戻り、看護士と主治医に無許可の外出をたしなめられた後に、飛んできた友人と編集長にこっぴどく叱られた。
こんなにも心配されていたなんて…。
気付けなかった二人の気持ちを知って、申し訳なさと同時にありがたさを感じて、何度もお詫びの言葉を溢してしまった。
そんな私に、
「…全く。お前って奴は…」
やれやれとしたため息を吐いて、
「明日、山中先生がわざわざ此方に足を運んでくださるから。打ち合わせ準備の為に、これに目を通しておけ」
編集長は、私にファイルを一冊渡してくれた。
「え…、でも私…もう担当じゃ…」
「山中先生が、担当はどうしてもお前じゃなきゃ嫌だって。担当変わるならうちでは書かないってさっ」
そう言って再度深く息を吐き、
「…お前、いつのまに山中先生と面識持ったんだ?」
そう尋ねられたけれど、
「いえ…、私山中先生には一度もお会いした事はありませんけど」
そんな心辺りは全くない私は、困惑の苦笑しか浮かばなかった。
「…まあいい。体を考えながら、きっちり仕事しろよ。バカをやらかして山中先生に逃げられるなよ」
編集長はそう言って悪戯な悪い笑みを残して、社へと戻っていった。
「信じられない…、私、山中先生の担当が続けられるんだ…」
テレビ台に置かれた絵本を手に取り、胸に抱き締めたら、陽さんの笑顔が頭に浮かんだ。
「どうしよう…、声が聞きたいよ…」
でも、彼の携帯の番号を知らない。朝、マンションを出る際に残してきたメモには、私のスマートフォンの番号やアドレスを書いておいた。
陽さんは気付いてくれただろうか…。
そう思った途端に、胸の中に寂しさが膨れそうになった。
編集長が置いていったファイルに目がいった。
やんわりと首をふり、寂しさを一旦追い出して、
「今はやるべき事に集中しなきゃ」
再度チャンスを獲たんだ。頑張らなければ。
私は、ファイルを開いて、じっくりと目を通して、頭の中を仕事に切り替えた。
翌日、午後二時。山中先生が見える時間になり、病室のドアがノックされた。
緊張して立ち上がり、病床の身の寝間着の上に羽織ったカーディガンの裾を払い、背筋を伸ばしてドアを開けると……。
「橘、山中先生がおみえになったぞ」
「はっ、はいっ!」
頭を下げて、顔を上げると、
「こんにちは、綾乃さん」
「う…嘘で…しょ…?」
そこには、小さな花束を抱えて微笑む、陽さんの穏やかな笑顔があった。