匣の中-1
『それは蒼いびいどろでできた匣の中の箱の中の小さな小さな出来事でした。
少女は微睡みの中で、薄ぼんやりと透ける蒼い天井を見つめて、
(晴れ渡る空の色って、一体どんな色なんだろう)
そんな事を考えました。けれどもそうしたところで答えにたどり着く事はできません。
何故なら、少女が知っているのは、この匣の中の箱の蒼い色だけなのですから。
暑くもなく寒くもない。
音もない。誰もいない匣の中の箱の中。
ひとりぼっちの箱の中。それが、少女の全てなのでした』
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「はぁ…」
私は読みかけた絵本を閉じて、胸に溜まった重苦しい気持ちと共に深く息をついた。
「匣の中の箱の中…か…」
まるで今の私みたい。そんな事を思ったら、
「バカみたい」
自嘲して、フン…と鼻を鳴らしたくなった。
今日も私は衛生的な白に囲まれた部屋の中。 一日中何をする事もなく、ただ白いベッドに横たわるだ け。それが今の私の生活の全てだ。
敢えてする事を挙げるならば、日に三度ある食事と薬を飲む事と、医師や看護士と顔を合わせて、極めて簡単なバイタルのチェックと、定期的に行う検査くらいだ。
今の医療では完治は不可能。治療法もなく、薬だってかろうじて進行を遅らせる程度のものでしかないのに、いつまでもこんな場所に閉じ込められるなんて、時間の無駄にしか思えないし、なにより苦痛でしかなかった。
両親はとうに他界していて、私は一人で生活をして生きていかなければいけない身で。
生活を続ける為には仕事だってしなきゃならないのに… 。
こんなところで無駄な時間に足を取られている場合じゃないのに 。
(こんな体になって。会社クビになるかも…)
せっかく今まで懸命に働いて、それなりのものだって築いてきたのに。いつまでも復帰出来ない状態では職を失うかもしれない。
不安と閉塞感で体よりもじわりじわりと心が蝕まれていくのを感じて、知らず知らず震えてる身体が堪らなく嫌で。息が詰まる。頭が霞む。
そんな状態に苛々が募るけれども、解消のしようがなかった。
結果お決まりの行為に向かうの。
医師にも看護士にもひねくれた悪態をつく事がどんどん増えてきた。
それどころか、せっかくお見舞いにきてくれる友人にでさえも、酷いことを言って追い返す始末だ。
「もういやだ…」
もう、こんな場所も、こんな体も、こんなひねくれた事ばかりしか考えられない情けない私自身も、
「全部いやだ…」
窓の外、憎々しい程に広がる美しく爽やかな青空から逃げるように布団に潜り、ひとしきり泣いて、疲れて眠る。
それが今の私にできる全てだった。