真下千尋と佐々木浩太-2
大事な要件？ふと、２人が市役所に来ている本当の理由に気付いた。
そうか、今日は大安だった。オレの母親は吉日を結構気にする質で、何かの記念日が有るとそれが吉日かどうかをよく口にしていた。
『あ～、残念、裕樹の誕生日が明日だったら大安だったのにね』
結婚する２人が揃って大安の日に市役所に来る。それだけワードが揃えば自ずと答えは出てきた。多分、吉日を気にした２人は前倒しで大安の日に婚姻届けを出しに来たんだろう。
それに気付いたオレは、２人に遠慮して一旦この場から離れることにした。オレが居たら婚姻届けの窓口に行けないからな。
「オレ、ちょっと別の用事を先に済ましてくるから、ここで失礼するな」
オレの言葉に真下はホッとした表情を浮かべた。
「そ、そうなの？じゃ、じゃあまた学校でね」
「おう、じゃあな。真下、頑張れよ」
「うん、頑張る！」
オレの言葉を受け、素直な真下は条件反射気味ににこやかに応えた。その真下の横で佐々木が両手を合わせ、気を使って席を外すオレに向かって『ありがと』と口パクで感謝の意を示した。
ホント、気さくな人だ。
そこを少し離れてから振り替えって見ると、真下が仕切りに首を傾げているのが見えた。多分、『稲川くんは何を頑張れって言ったのかしら？』とでも思っていたんだろう。
あの２人が明日結婚式を挙げるのか。
しみじみと見ていた２人の姿に、頭の中で結婚式の衣装を重ねてみた。美男美女で凄く様になりそうで、本多と同じ結婚モードになったオレは、何だかホンワカした気分になった。
ふと、その妄想のまま、今度は結衣と自分にその衣装を当てはめてみた。オレは別として、結衣には凄くウェディングドレスが似合いそうだ。
その場を離れてトイレで用を足し、しばらくトイレの前でスマホを見ながら時間を潰した。
もういいかな？そう思って市民課を覗くと、もう２人の姿は無かった。市民課の窓口に戻ると、オレの持つ番号札の番号が交付完了の電光掲示板に上がっていた。
交付窓口で書類を受け取り、それを目で拾いながら出口に向かって歩いた。オレは歩きながら書類に没頭してしまい、そのため前が疎かになっていた。案の定、進行方向に立っていた男に、ドンとぶつかってしまった。
「あっ、すみません」
慌てて頭を下げると、頭の上から相手が応じた。
「稲川くん、前方不注意は事故の素だぞ！そんなことだと免許取れないぞ」
冗談交じりのトーンに驚いたオレが頭を上げると、そこにはさっき別れた佐々木が立っていた。
「すみません。本当に不注意でした」
驚きながら改めて頭を下げた。
「うそうそ、君は機転が効くから大丈夫だよ。さっきは気を使ってくれてありがとうね」
頭を上げつつ、周りに目を配ったが真下の姿は見えなかった。
お色直しにでも行ったかな。実際はトイレにでも行ったのだろうが、その言葉と共に、また真下の花嫁衣装が頭の中に散らかった。
その時、オレは良いことを思い付いた。夏休みの思い出作りパート３。それが実現可能かどうかは佐々木に確認が必要だった。しかし、今はそんな時間がない。
「佐々木さん、ちょっと聞きたいことが有るんですが、後で電話してもいいですか？」
そう断ってから、気の良い佐々木から、携帯電話の番号を教えて貰った。
「ありがとうございます。お幸せになって下さい」
改めて頭を下げて、真下が戻って来る前に佐々木と別れた。しかし、幸せな２人から何だか離れ難く、少し離れた場所で様子を窺うことにした。
しばらくして、にこやかな表情の真下が戻ってきた。２人は手をしっかりと繋ぎ、誰が見ても幸せそうなオーラを撒き散らしながら市役所を後にした。
「お幸せに」
婚姻届けを出したばかりの新婚ほやほやの夫婦の背中に向かって、そっと声を掛けた。何だかこっちまで幸せな気分になった。
少し時間を置いてから佐々木に電話を掛けた。思い出作りパート３が叶うかを調べるために、それを確認できる電話番号を新たに佐々木から聞き出した。
『多分大丈夫だと思うけど、今から電話してこっちからも頼んどくよ』
気さくな佐々木は、電話口で快く請け負ってくれた。
明日の結婚式が楽しみになってきた。オレの頭の中には、今から段取りを付ける夏休みの思い出作りパート３は元より、更に続くパート４に驚く結衣の顔が浮かんでいた。