ジェニファー語り(10)-1
――ナディーカさまから、話があるから執務室にと呼ばれていた。
(明後日の手はずだろう‥‥。わたしも――)
闘志の炎を燃やしながら、わたしは、姫の元に向かった。
しかし――。ここでまた、些細でも個人的でもない、重大事が待ち受けていた。
「調教士殿を、帰還?」
思いもかけない指令に、ナディーカさまの執務室で、わたしは素っ頓狂な声をあげることになっていた。簡単な会議が開けるほどの広い部屋で、ナディーカさまが背にした大きな窓からは、地平に沈む母なる木星の巨大な姿が見えた。広い木星圏と言えど、「ジ・オフィス」といえば、ただ一室、この部屋のことを指す。
「ジェニー‥‥!」
ナディーカさまは、しーっと唇に人差し指を立ててわたしを睨んだ。わたしは慌てて自分の口を押さえた。ふたりきりだったので大丈夫だったが‥‥。
今夜は、コンジャンクション前のディナーの予定があった。姫、そしてわたしと、あの調教士の男、そしてリリアも交えての壮行の
勝負の前に‥‥。
「姫さま‥‥、なぜ、そのような‥‥」
たとえ暗殺だろうと、スガーニーのためになるなら、わたしが実行するのはかまわない。しかし、とうてい理解できぬ成り行きに、わたしはうろたえるばかりだった。
「お聞きなさい。
ナディーカさまは、その幼ささえ残るお美しい風貌のなかに、王位に就く者の威厳すら見せた。以前からと‥‥気まぐれや思いつきではないということか。しかし‥‥。
「理由は、いくつかあります‥‥。まず第一に、わたしのリリィの調教、調整は、
「――‥‥。つまり、用済みだと。そういうことですか?」
姫はクスッと小さく笑い、涼しげな、しかし悪戯っぽい目でわたしを見た。
「まあまあ。聞こえの悪いこと。“
姫は、微笑のなかにも残酷さを見せた。これがこの方だ。だからわたしはお仕えしている。世界を動かすには、ときに冷徹さも必要なのだから。わたしは姫の前に跪いた。
「す、すみません。お許しください‥‥」
「有能で、わたしに尽くしてくれるジェニー。最近は多くの仕事を覚えて、ますます頼もしい――。けれど、お口のほうが少し悪いようね‥‥。お仕置きが必要ということ‥‥かしら?」
その意味するところを知り、わたしはゾッとした。あの
「そ、それは‥‥。お、お許し下さいっ。失言でしたっ‥‥」
「‥‥‥‥」
「姫さま‥‥ナディーカさまになら――わたしは、どんな責め、どんな恥辱にも耐えてみせ‥‥かまいませんっ。よ、よろしければ、この場でっ。――ど、どうぞっ! お好きなようにっ!」
わたしは、胸元を外し、上衣を脱ぎにかかった。パフォーマンスではない。もちろん恥ずかしさはあるが、姫に何をされるとしても、あの男にまさぐられるよりは数百倍ましだった。
両腋に手をやる。バチン! 音を立てて拘束ブラの止め金が外れた。ちなみに、標準重力である。このナディーカさまの執務室は、部屋単独で重力の変更が可能だが、いまはそうなのだ。
裸の胸に空気を感じた。わたしは嬲られる覚悟を決めた。‥‥が、姫は手でわたしを制した。
「ちょっと‥‥! いいわよ、脱がなくて。――ほんの冗談です。それをしまいなさい‥‥。いつも難しい顔をしているから、ちょっとからかってみただけですよ。――第二は‥‥ジェニー、あなたは軍人ですね?」
「は? ――は、そうであります、が‥‥」
ブラジャーと上衣を戻し、胸元を直すわたしに、ナディーカさまは真面目な顔で続けた。
「軍人は、戦闘に勝てばいい‥‥。しかし、ナディーカは、政治家なのです。勝ち負けだけを単純に考えるわけには――いえ、今回の勝負、わがスガーニーはもちろん勝たねばなりませんが、しかし、ただ勝つだけではだめなのです。より重要なのは、勝ち方と、勝った後のほうなのです」