結衣の感情-1
【結衣の感情】
母親が用意した食事を摂り、午後からの部活のために結衣と一緒に家を出た。近所の目から離れると、結衣はいつも以上にしっかりと手を握ってきた。しかし俯き加減で歩く様子は少し変だった。思い当たるのは、もちろん真下の結婚のことしかなかった。
「どうした?」
予想はつくが取り敢えず聞いてみた。
「何でもない…」
結衣は俯いたまま首を左右に振った。
「何でもないことないだろう、言ってみろよ」
結衣の様子に、自分の中でも答えを出せない苛立ちが出てしまい、少し声が荒くなってしまった。
「ご、ごめんなさい…」
結衣は驚いてオレの顔を見たが、その目は涙で濡れていた。
「バカ、謝るなよ。それにこんなところで泣くなよ」
それしか言えない情けなさに、オレも泣きたくなった。そんなオレの態度を受けた結衣は、心に秘めた思いを話し始めた。
「だって、あたし達って大っぴらに恋人ですって言えないんだよ。何年経っても結婚できないんだよ。なのに、真下さんはみんなに祝って貰えるなんてズルいよ。それに裕樹くんが他の子を好きになったら、こんな将来の無いあたしなんかよりその子を選ぶに決まってる。それを考えると怖いの」
結衣が真下に対してこんな感情を抱くのがわかっていたから、結婚のことは知らせたくなかった。そして『いつかは他の相手を選ぶ』の言葉。これはオレが結衣に対していつも思っていることと同じだった。
「真下さんだけズルいよ…」
結衣はもう一度繰り返した。生真面目な結衣自身が、この感情に思い悩んでいることは、オレには痛いほどわかった。
「オレはずっと結衣と一緒に居るよ。誰も知らないところで2人で暮らせばいいんだから。そこで知り合った人に祝って貰えればいいと思うよ」
結衣の苦しさを少しでもほぐそうと思い、オレは結衣の目を見据えて言った。これは本心だった。
「オレを信用して。今までずっと結衣一筋なんだから、これからも変わらないよ」
オレの言葉を受けた結衣の目にまた涙が溢れてきた。オレはその涙を優しく拭った。
「ありがと…」
結衣が嬉しそうに笑ったので、明るい話題を振ることにした。
「ホラ、それよりも夏休みの思い出作りパート1。家の原チャリでツーリングする場所を考えようよ」
本当は自動二輪の免許を取って、結衣を後ろに乗せてツーリングしたい。しかし初心者は2人乗りができないから、これは今年の夏休みに間に合わない。そこで考えたのが、両親がそれぞれ使っている家の原チャリ2台でツーリングすることだった。
「それよりも先に2人とも免許取らないとね。帰りに問題集買おうね」
完全に機嫌が治った結衣が、繋いだ手をギュッと握って、嬉しそうにオレを見上げた。
ホッとしたのも束の間、そんなオレ達の後ろから、突然声が掛かった。
「何々、あなた達、まるで恋人同士みたいじゃないの」
ギクッとして後ろを振り向くと、そこには結衣の友達の真弓が訝しそうな顔をして立っていた。
「真弓!」
結衣が叫び、オレ達は慌てて手を振りほどいた。
「何慌ててるのよ、あっやしいわね。前から変だと思ってだけど、結衣達って姉弟にしたら仲が良すぎじゃないの」
真弓の突然の登場に狼狽えたオレ達は、直ぐに気の効いた言葉が返せなかった。