35章-1
二人が将来を誓い合ってから二年の月日が経った。
美冬は今日大学の卒業式を終え、ホテルでの謝恩会に出ていた。
午前中の卒業式では皆袴や着物に身を包んでいたが、今は色とりどりのドレスやスーツに身を包み大学最後のイベントは賑わっていた。
美冬も鏡哉が見立てた襟元にビジューをふんだんに使った薄紅色のワンピースを纏い、ゼミ仲間達と写真を取り合ったり、教授に挨拶をして回ったりと忙しく楽しんでいた。
「美冬、それダイヤ?」
会も終盤に入りデザートに舌鼓をうっていた時、女友達の一人が美冬の薬指で光る指輪を指して訊ねてきた。
「あ、私も実は気になってた」
周りの女子達も口々にそう言い出す。
「う、うん。一応……」
美冬はそう返しながら隠すように左手で石を触る。
「もしかして、たまに校門まで迎えに来てくれてる彼氏から?」
「え、鈴木さん彼氏いたんだ?」
「私もちらっとしか見たことないけど、超美形だったよ」
「しかもおベンツ!」
美冬を中心に回りの女子達はどんどんと盛り上がっていく。
当の本人は自分が会話の中心になることに困惑し、曖昧に笑うだけだ。
その時、クラッチバックの中の携帯電話が振動した。
振動の仕方からメールだと分かったが、美冬は「ごめん、電話」と言って会場の外へ向かう。
後ろから「あ、逃げた」と笑い声が聞こえてきた。
美冬は少し肩を竦めてホテルのロビーへと出る。
大学の友人の中で鏡哉との事を知っているのは一人しかいない。
一回生の頃から仲が良く親友と呼べるその子にしか美冬は伝えていなかったからだ。
ロビーには生徒が十人ほどいたが美冬は壁際のソファーに座ると携帯電話をスライドする。
(あれ……)
メールの相手を見て美冬は小さく首をかしげる。
今インドにいるはずの鏡哉からで、彼は明日の夜の便で帰ってくることになっていた。
鏡哉は昨年からひと月毎にインドと日本を往復する生活が続いているのだ。
ネイルをした指先でメールを開くと、美冬は息をのんだ。
『謝恩会の二次会が終わるころ連絡して。迎えに行くから。』
胸がとくりと波打つ。
気が付くと美冬は鏡哉の番号に発信していた。
数回のコール音で鏡哉が電話に出る。
『あれ、まだ謝恩会の途中じゃないのか?』
少し驚いたようなその声に、美冬の口元が綻ぶ。
離れているときは毎日一回は電話をし合っているけれど、彼が日本にいる時とそうでない時とではやはり安心感が違う。
「鏡哉さんこそ。帰り早まったんですね」
『本当は今日の朝の便で帰りたかったんだけど。美冬の袴姿見逃した』
とても悔しそうにそう言う鏡哉がおかしくて、美冬はくすくすと笑う。
「写真いっぱい取り合いっこしましたから」
『楽しみにしてる。それよりメールした通り、二次会終わる頃に迎えに行くから』
「大丈夫ですよ、タクシーで帰ります。それに二次会は行きません」
今日帰ってきたばかりの疲れている鏡哉に迎えに来てもらうなど申し訳なくて、美冬は断る。
『え……今日で最後なんだから、行って来れば?』
「大丈夫です。私の友達はほとんど大学院へ進みますから」
美冬はこの春大学課程を無事修了し、春から同大学の法科大学院へと進学が決まっていた。
『本当に? 無理していないか?』
「無理なんてしていません。鏡哉さんに……は、早く会いたいし」
どもりながらそう言った美冬に、電話先の鏡哉のくすりと笑う声が聞こえる。
『ならなおさら迎えに行くよ。今会社だから通り道だし』
美冬は何度も大丈夫だと言ったが、鏡哉は『ロビーで待っているように』と言うと一方的に電話を切った。
言い出したら聞かない鏡哉に苦笑すると、美冬は会場へと戻った。
その後、結構しつこく幹事の男子達から二次会へと誘われたが、美冬はこの後用事があるからと断った。
謝恩会もお開きになり、二次会へ行く友達をロビーで見送り喧騒から解放され、手近なソファーへと腰を下ろす。
少し体が火照って熱かった。
シャンパンを三杯飲んだくらいだったが、お酒に酔ったというよりは人に酔った感じだった。
ふうと息を吐き出して時計を見たとき、上から男の声が降ってきた。
「鈴木さん、二次会行かないの?」
顔を上げると何度か会話を交わしたことのある男子が立っていた。
美冬は立ち上がると背の高い男を見上げる。
「田宮君。うん、もう帰ろうと思って」
「ええ! 鈴木さん来ないなら男子全員がっかりするって」
大げさにそう言ってくる田宮に愛想笑いをしてかわそうとしたが、彼は不満そうな顔をする。