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籠鳥 〜溺愛〜
【女性向け 官能小説】

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35章-3


 美冬も普段はあまりしない化粧をしてもらい、いつもはストレートの長い黒髪をハーフアップにして毛先をゆるく巻いてもらった。

 近づいてきた鏡哉が毛を一束取り、美冬の大きな瞳を覗き込みながらそっと口づける。

 その様子がとても優雅で、美冬はうっとりと鏡哉を見つめてしまったがしかしすぐに我に返った。

 鏡哉は今日八時間ものフライトを経て帰ってきたのだ、元気そうに見えはするが疲れているに違いない。

「鏡哉さん、疲れているでしょう? 今お茶を――」

 しかし鏡哉はキッチンへと向かおうとする美冬の手を握る。

「お茶より美冬を食べたい」

「えっ!? き、鏡哉さん、待って」

 31歳になってもなお、鏡哉はいつも貪欲に美冬を欲しがる。

「待てない。悪いけれど一ヵ月分抱くから、覚悟して」

 鏡哉はにやりと口を歪ませて笑うと、美冬を横抱きに抱き上げた。

(一ヵ月分ってっ!! でも鏡哉さんならやりかねない――)

 この先のことを考えて、美冬はぶるりと小さく震える。

 そんな美冬をからかうように、鏡哉が耳に唇を這わす。

「明日は足腰立たないかも」

「―――っ!」

 そう耳元で超絶に甘い声で囁かれ、美冬の背筋をぞくりと甘い何かが這い上がった。

 しかし、明日一日使い物にならない自分を想像し、はっと我に返る。

 美冬は卒業式を迎え、鏡哉にどうしても言わなければならないことがあった。

 明日帰ってくることになっていた鏡哉に伝えようと思っていたことを、明日ぐったりして伝えるよりは、まだ元気な今のうちに話しておきたかった。

 ゆっくりと鏡哉のベッドに降ろされた美冬は、背中と肩を支えて覆いかぶさってこようとする鏡哉の唇を両の掌で抑えた。

「ま、待って。は、話があります……」

 思いもかけない美冬のその行動に、待てを食らった鏡哉が不服そうに片眉を歪ませる。

「明日じゃ駄目?」

「だ、駄目です」

 いつもならすぐに折れる美冬と違う様子に、鏡哉が美冬から名残惜しそうに腕を離す。

「どうしたの?」

 ベッドの上で美冬と向かい合う様に腰を掛けた鏡哉が先を促す。

「あ、あの……私、来月から法科大学院へ行くのですが」

「うん。おめでとう」

「あ、ありがとうございます。本当に鏡哉さんのおかげです」

 鏡哉からのお祝いの言葉に、美冬はぺこりと頭を下げる。

 学費だけじゃなく、鏡哉はいろんな面で美冬を支え続けてくれた。

 課題の多さや試験に挫けそうになったとき、愚痴も言えない美冬の鬱々とした気持ちを和らげてくれたり、日本にいるときは食事を作ってくれたりと心身ともに本当に支えてくれた。

「美冬が頑張ったからだよ。けれどこれからはもっと厳しくなるらしいね。この前顧問弁護士に付いて来ていた若い弁護士に聞いたんだけれど、院に進んでからは大学に住んでいるといっても過言じゃないほど勉強したらしいよ。ある朝起きたら白髪になってたらしくって」

 鏡哉が発した類の話は、美冬も大学でさんざん聞いてきていた。

「はい。うちの大学院も同様だそうです。あまりに忙しすぎて周りを思いやる気持ちすらなくしちゃうって……ほとんどの学生が恋人と疎遠になるって……」

 最後の一言を言いにくそうに口にした美冬に、鏡哉の視線が突き刺さる。

「……私は別れないよ」

 暫しの沈黙の後、鏡哉が静かに口を開いた。

「鏡哉さん……」

「例え弁護士になる迄の間、私のことを見てくれなくても私は美冬と別れない」

「………」

 鏡哉の揺るぎ無いその言葉に、美冬は言葉を失う。

「五年半も待ったんだ。美冬の傍にいられるなら、二年だろうが四年だろうが幾らでも待つ。だから頼む――」

 鏡哉がまるで美冬に縋り付くように両手を伸ばし、美冬の小さな頭を捉える。

「婚約を解消するなんて、言わないでくれ――」

 いつも堂々として人の上に立つ風格を備えた鏡哉が、まるで小さな子供の様に震えていた。

 絶望にも似た色を湛えた不安そうな双眸に、美冬の心が引き裂かれそうになる。

 婚約をしてから二年の間、鏡哉は一度たりと美冬に結婚を迫らなかった。

 その事に美冬が「実はもう自分を必要としていないのでは?」と不安に思ってしまう位、鏡哉は美冬を恋人として扱った。

 しかしそれは間違いだった事に今更になって気づかされる。

 この二年の間、自分は鏡哉を苦しめ続けてきたのだ。

 彼が与えてくれた婚約者という逃げ場で自分を守っている間に。

 鏡哉は「自分が愛している美冬なんだから自信を持て」と何度も言ってくれた。

 けれど美冬はその言葉を受け止めてもなお、心の奥底では自分に自信が持てなかった。



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