8章-1
その日の夜遅く。
練習から戻ると、私室の書斎のデスクに小包が置かれていた。
近寄って差出人を見ると、カレンから。
どうやらバイク便で、その日の内に届けてくれたらしい。
ヴィヴィはもう寝ているかもしれない親友に、
『さっそく送ってくれたんだね! 感謝!』
そうメールを送ったが、秒速で返事が返ってきた。
『絶対にクリスには見つからないでね!? 万が一見つかっても、私から借りたって言っちゃだめよ!?』
何故カレンは、クリスに知られることをそんなにも嫌がるのだろう。
といっても双子の兄は、少女漫画なんぞ、見向きもしないだろうが。
『神に誓って約束する!』
と送信すると、小包をデスクの引き出しに入れて鍵を掛け。
とにかく汗を流してさっぱりしようと、バスルームへと消えて行った。
お風呂から上がったヴィヴィは、寝室に鍵をかけると、カレンの小包をベッドの上で開いた。
(なになに……「ケモノ男子にご用心!」「社長と秘め事」「先生、ないしょだよ?」「禁断の果実」……)
「凄い題名ばっかり……」
表紙は、普通に男女が寄り添っているものもあれば、服のはだけた女の子の下着に、男の手が添えられている過激なものまである。
漫画を読んだことのないヴィヴィは、そのうちの一冊を手に取り。
少ない時間で本を読めるようにと、体得した速読の力を発揮し、わずか5分で150ページ程のそれを読み切った。
「わぉ――」
薄い唇から、思わず感嘆の声が漏れる。
読んだ感想はずばり、
「自分と同年代の中高生って、こういうことに興味があるんだ〜」
だった。
今日読んだ「ケモノ男子にご用心!」は、モテ男に目をつけられた地味な優等生が、イヤイヤ言いながら躰の関係を結び。
男子を好きだという、自分の気持ちに気づくという内容だった。
そして、
(やっぱりセックスは、気持ちいいものとして書かれるんだね……)
カレンの「あれをあそこに入れられると、気持ちいいの!」という言葉が現実味を帯びる。
(ふうん……お兄ちゃん、気持ちいいことしたいから、あの人とシてたんだ……)
「…………ふうん」
ヴィヴィの中には納得したのに、何か一方で釈然としない気持ちが残る。
でもそれが何なのかは、分かず。
「ま、いいや。寝よ〜っと」
ヴィヴィはそう言うと、コミックを持って寝室を出て、デスクの引き出しにしまい、
(カレンが五月蠅いから)鍵もちゃんと閉めて就寝した。
次の日は「社長と秘め事」を。
その次の日は「先生、ないしょだよ?」を読破したヴィヴィは、
翌日に登校すると、すぐカレンを教室の隅に連れて行き、
「社会人って、いっつも会社であんなことしてるの?」
「せ、先生が!! 生徒と――っ!? 理科室で、あわわわ……」
そう、カレンにとっては新鮮な感想を述べていく。
恥を忍んで自分のコミックを提供したカレンは、ヴィヴィのその成長ぶり(?)を生暖かく見守っていたが。
しかし、ふと気になって質問した。
「ヴィヴィ。で、セックスについては、分かってくれた?」
「うん。好きな人に触れられると、気持ちいいんでしょ? それに人前でしたり、話したりする事でもない事も分かった。でも――」
「でも?」
「ん〜……、なんか現実味、ない?」
片頬に人差し指を添えたヴィヴィは、可愛く首を捻る。
「確かにね……、私達にとっては、セックスよりもまず、彼氏を作ることのほうが課題よね……」
なぜかガックリとしたカレンを、ヴィヴィは不思議そうに見ていたが。
しばらくし、カレンの腕に自分の腕を絡ませて、くっ付いた。
「私達、まだ中学生じゃない? ヴィヴィは彼氏を作るよりも、カレンやクリスと遊んでるほうが、きっと楽しいと思うの!」
ヴィヴィよりも10センチ背の高いカレンは、そんな可愛い事を言って上目使いに見上げてくる親友を、しかと胸に抱きしめた。
「うん! ヴィヴィ! 私もそれでいいっ! …………しばらく、は――」
最後の一言はヴィヴィに聞こえぬよう、ぼそりと呟いたカレンなのだった。