8章-4
コンコン。
寝室の扉がノックされる音が鼓膜を揺らし、ヴィヴィは瞬時に覚醒した。
視界一杯に、穏やかな光に照らされた寝室が蘇る。
「お嬢様……、まだ起きていらっしゃるのですか?」
小さく呼びかけられた声は、なんと朝比奈のものだった。
焦ってベッドサイドの置時計を見ると、もう2時前。
いつの間に、1時間も経っていたのだろうか――。
「……えっと……。電気消し忘れて、うとうとしちゃってた。も、もう寝るね――」
いつものように軽く返事をしたいのに、声が震えどもってしまう。
それでも朝比奈は気づかなかったようで「お休みなさいませ」と声をかけて下がって行った。
「………………」
何故か息苦しさを感じ。
金色の頭を微かに傾けた際、無意識に息を止めていた事に気付き、吐き出した。
その途端、
先程までの妄想が、頭の中に一気にフラッシュバックする。
実の兄に縋り付いて、肉欲に溺れる妹の自分――。
「……――っ」
(ヴィヴィったら、なんてこと考えて……っ)
途端に顔から血の気が引いていく。
兄と妹の交わり――。
それは恐ろしいこと。
それは汚らわしいこと。
人間としての尊厳を真っ向から否定する、獣(ケモノ)同然の行い――。
自分の陰鬱な妄執(もうしゅう)に囚われそうになり、ぶるぶると激しく頭を振る。
(違う! ヴィヴィはそんな過ちを犯すことを、望んではいないもの――っ!
そうよ。こんな漫画を読んでしまったから、だから変な事を想像してしまっただけ。
きっとそうっ!)
コミックをすぐさま手に取ると、寝室を出。
まっすぐにデスクへと向かい、引出しの鍵を開ける。
他のコミックと元々入っていた段ボールに詰めると、透明なビニルテープで完璧に封をした。
まるで、己の中の汚いものにまで封をし、目を逸らす様に。
(朝一で、朝比奈に送り返してもらおう。ヴィヴィには、必要ないものだもの――)
そう自分に言い聞かすと、少し気持ちが落ち着いて。
大きく一つ瞬きすると、就寝支度をする為にバスルームへと向かった。
歯ブラシに歯磨きペーストを付けようとした時、下半身に何か違和感を感じ。
(…………? 生理、早まったのかな……?)
ヴィヴィの予定は、半月程先の筈だ。
不思議に思い、裾の長いナイトウェアをもぞもぞとたくし上げ、下着を確認する。
「………………」
もう言葉にならなかった。
ヴィヴィは汚らわしいものから直ぐにでも目を背けたくて、下着とナイトウェアを脱ぎ捨てると、バスルームへと飛び込む。
水圧の強いシャワーで、ぐちゃぐちゃになった頭の中を冷やすように、ぬるい湯を顔に浴びる。
しばらくそうしていると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
(早く、寝ないと……。あと三時間後には、起きなきゃいけないのに……)
ヴィヴィは手早く、掌で自分の体を湯を使い清めていく。
足の付け根に指先が届いたとき、明らかに水とは違う粘着質なものが触れた。
「……もう……、いや……っ」
ヴィヴィは激しい自己嫌悪に陥り、顔をくしゃりと歪めると、滲んだ涙を拳でぐいと拭った。