6章-2
ヴィヴィが次に意識を取り戻したのは、車の中だった。
後部座席に寝かされていたその身体には、ブランケットが掛けられている様で、胸から下は暖かいが。
急に寒気を感じ、ぶるりと華奢すぎる身体を震わせると、ブランケットを鼻の下まで手繰り寄せた。
「気が付かれましたか?」
頭上から降ってくる、男の声。
不思議に思い目をやると、執事の朝比奈がヴィヴィを見下ろしていた。
いつも優しく細められている銀縁眼鏡の奥の瞳が、心配そうな色を湛えていて。
(ん……?)
なんで上から覗き込まれているのだろう、と不思議に思ったヴィヴィ。
やがて、自分が枕にしているものが暖かく、なおかつクッションよりしっかりした人の脚なのだと気づいた。
子供の頃は朝比奈を始め、執事達にじゃれ付いて遊んでいたヴィヴィは、何度か膝枕を強請った事もあったが、
さすがに初等部高学年頃からは、そういう触れ合いもしなくなった。
大人の男性に膝枕をしてもらうという状況に、さすがに恥ずかしくなって、身体を起こそうとしたヴィヴィだったが、
朝比奈にやんわりと、制服の肩を押さえられてしまった。
「もう着きます、良い子で、じっとしていて下さいね」
その言い方はまるで、幼児に言い聞かせる物言い。
双子が物心付く頃から、面倒をみてきた朝比奈はそのせいか、男なのにたまに母性を感じさせる時がある。
見た目も子供好きしそうな柔らかな印象だから、いい保父さんになれそうだ。
(かたじけない……)
武士の如き返事を脳内で返していると車が止まり、屋敷の中へと運び込まれた。
私室のベッドに寝かせられると、あらかじめ呼ばれていたらしい主治医が現れ。
制服の前を開き聴診器を当てたり、咽喉を診たりと一通り診察された。
「夏風邪、ですな」
子供の頃から診てもらっている主治医が、髭を蓄えた口を開き発した病名に、ヴィヴィは冷静に突っ込む。
(知ってる……)
「抗生物質を出しておくから、飲ませてくれ。今夜はきっと熱発するから、解熱剤も置いていく。じゃあな、嬢ちゃん――ちゃんと寝ておくんだよ。また明日来るから」
咽喉が痛くて一言も発したくないヴィヴィは、大人しく頷いてみせ。
少し眠った後、昼食の粥をなんとか胃に流し込んで、処方された薬を飲んだ。
「では、ちゃんと寝ていて下さいね」
おでこに冷ピタを貼ってくれた朝比奈は、主にそう言い聞かすと、食器を乗せたトレイを持って退室し。
部屋には沈黙が下り、加湿器のシュンシュンという音だけがしていた。
「………………」
(……トイレ、行きたい……)
そう言えば、朝比奈は抱きかかえてバスルームまで連れて行ってくれるだろうが、
さすがに中学3年生のヴィヴィには、恥ずかしかった。
(しょうがない……、行きますか……)
だるそうに上掛けをまくると、寒さとしんどさを我慢して、寝室を出た。
なんとか寝室の隣のバスルームまで辿り着き、当初の目的を果たすと、
ヴィヴィは「後は眠るだけ」と自分を奮い立たせて、寝室へと向かおうとした。
パタン。
どこからともなく聞こえた、扉の開閉音。
頭痛に響かぬ様ゆっくり首を巡らせ、私室の扉を確認するが、誰も入退室した様子は無く。
ヴィヴィは微かに首を傾げて向き直ると、寝室へと重い脚を踏み出した。
「へえ、ここが匠海の部屋?」
またどこからともなく、聞き慣れない女性の声が微かに聞こえ。
(……匠海……? お兄ちゃんの、お部屋……?)