5章-1
7月7日。
昼休み、ヴィヴィは教室の窓枠に持たれながら、羨ましそうに外を眺めていた。
「いいなぁ〜……」
そう呟いた横顔は、少し淋しそう。
偶然近くを通りがかった、クラスメイトのアレックスがその言葉を耳にし、不思議そうにサッシに近付いて来た。
「何が、『いいなぁ〜』なの?」
巻き毛のアレックスの髪が、風でふよふよそよぐのを見上げながら、ヴィヴィは「あれだよっ!」と窓の外を指さす。
その先にあるのは、初等部の校舎。
BSTは幼等部から高等部まで、同じ敷地にあるのだ。
しかし、アレックスはそれでも合点がいかないようで、首を傾げる。
「……七夕飾り……」
後ろからクリスが静かに指摘する。
「そう〜、笹の葉があるんだよ、初等部にはっ」
ヴィヴィがそう言って頬を膨らましていると、
「ヴィヴィ、去年も同じこと言ってたよね」
と親友のカレンが加わって来た。
振り返ったアレックスに、カレンが説明する。
「ほら、幼等部から初等部までは、七夕祭りをするじゃない? 浴衣着て、みんなで歌うたって、短冊に願い事書いて」
「ああ、そう言えば、してたな。もう3年前だから、忘れてたけど……」
アレックスが宙を仰いで、初等部での事を思い出す。
「ヴィヴィは、短冊が書きたくてしょうがないのよ。だから中等部に上がってからも毎年、初等部の校舎まで行って、短冊飾ってるの」
「え……っ!? マジで?」
現在、中等部3年の彼らにしてみれば、その行動はあまりにも幼く映るが、
ヴィヴィはそんな事を、2年も続けていたのだ。
「ガキ〜」
アレックスにそうからかわれてもなお、ヴィヴィは譲らない。
「え〜、楽しいでしょ、短冊書くの。だって願い事が叶うんだよ? ね、クリスもそう思うでしょ?」
突然同意を求められたクリスは「う〜ん……、そうかも?」と曖昧な返事を返す。
クリスは毎年 妹に引っ張られて、初等部まで行っているので、あまり賛同したくないらしい。
「でもそんなヴィヴィに朗報です! 今年から講堂の前のラウンジスペースに、笹の葉が設置されるんだって。掲示板に張ってあったよ?」
クリスが可哀そうになったのか。
カレンは人差し指を立て、ヴィヴィにとって素晴らしい情報を提供する。
「えっ!? 本当? 行く行く〜っ!!」
大きな灰色の瞳を輝かせ、ヴィヴィは歓喜の声を出して喜んだ。
その声を耳にし、総勢20名のクラスメイト達が「何事?」という表情で、ヴィヴィ達を振り返る。
「講堂前に七夕の短冊、飾れるんだってっ! みんな行こうっ?」
来年は高校生にもなろうという少年少女達が、短冊ごときにそんなに興味があるとは思えないが。
そこはヴィヴィの凄いところ。
彼女が弾けた天真爛漫な笑顔を振りまけば、周りの皆に「ヴィヴィに付いて行けば、何か楽しいことが起こるかも?」と思わせてしまうのだ。
「へ〜、知らなかった」
「何年振りだ? 七夕なんて」
「私、『ダイエットがうまくいきますように!』って書いちゃう!」
「え、無理じゃね?」
「あ、可愛いペン持ってこうよ〜」
皆口々にはやし立て、ガタガタと椅子を引いて席を立つ。
昼休みの残り時間を利用して、ぞろぞろと中等部の隣の講堂へ向かうと、
そこには2.5m程の笹が、ラウンジの真ん中に鎮座していた。
その前には、色とりどりの和紙で作られた短冊まで、置かれている。
「わ〜、七夕っぽいっ!」
ヴィヴィは小走りで笹に近づき、既に飾られている短冊の願い事を、何枚か読んで振り向くと。
ラウンジのソファーにはクラスメイトがそれぞれ陣取り、
ある者は嬉々として、ある者はうんうん唸りながら、短冊に願い事をしたためている光景が広がっていた。
(うふふ、今年は1人じゃなくて、みんなと七夕だ!)
にんまりしたヴィヴィは短冊を1つ手に取ると、カレンから水色のペンを借りて、さらさらと迷いなくお願い事を書く。
あまりに嬉しそうなその様子に、カレンが「なに書いたの?」と尋ねてきたが、
ヴィヴィは「秘密!」っと舌を出し、笹のなるべく高い位置に “こより” で短冊を吊るした。
皆の願い事を覗いてやろうと、いくつかのグループにちょっかいを出していたヴィヴィだったが、
初等部の校舎から管弦楽の音が聞こえてくるのを耳にし、窓際に近付いていく。
ゆったりした優しい曲調のそれは、どこかで聞いたことがあった。
「……ん〜と……」
(何だったかな……?)
「When you wish upon a star ―星に願いを―」
助け舟を出す様に、クリスがその曲名を教えてくれる。