5章-4
(お兄ちゃん、王子様、みたい……)
匠海とは生まれた頃からずっと一緒なのに、それでも時折、彼の美しさに はっとさせられる事がある。
内から醸し出される上質な空気は、他には無いもの。
父からは威厳を感じることはあるが、匠海のそれとは違うから、
もしや、兄の産みの母親の血を引いたのだろうか――。
「で……、ヴィヴィは何を願うんだ?」
素敵な演奏に聞き惚れていたヴィヴィに、匠海が突然質問してくる。
その手は喋りながらも、器用に音を紡ぎだしていて。
「え……?」
咄嗟には質問の意味か分からなかったヴィヴィは、頬杖から顔を離して匠海を見やる。
「『星』に何を『願う』の――? やっぱり、金メダル?」
そう続けた匠海の視線は、鍵盤へと向けられていたが、切れ長の瞳は優しく細められていて。
「えっと……」
薄い胸が少しずつ、トクトクと鼓動を早める。
「お兄ちゃんと……」
そう口にはしたものの、ヴィヴィは少し『願い』を口にするのを躊躇った。
(こんなこと言ったら、お兄ちゃん……、どんな顔をするんだろう――?)
『 大切な人(お兄ちゃん)と ずっと一緒に いられますように―― 』
「俺と? 何――?」
言い淀んでいるヴィヴィに、匠海が先を促す。
自分とは違い、妹である自分に絶対ドキドキなんてした事が無いであろう匠海に、
ヴィヴィは「ちょっと面白くないな」と思う。
「………………」
(お兄ちゃんも、たまにはドキドキすればいいんだっ!!)
ヴィヴィはそう逆切れすると、ピアノを弾き続ける匠海の傍まで寄り、
兄の座る横長の椅子に片膝を付いた。
そして、
「お兄ちゃんに、毎日チュウして貰えます様に――ってお願いするのっ!!」
そう言い放つと、匠海の首に両腕を回し。
兄の顔を強引に引き寄せると、チュっと音がしそうなほど強く、唇のすぐ横にキスをした。
匠海が切れ長の瞳を見開いて、ヴィヴィを振り返る。
その灰色の瞳には、ヴィヴィがしっかりと映り込んでいた。
当たり前だが、ピアノの演奏も途切れてしまい。
ヴィヴィは悪戯が成功した小学生の様に、にかっと白い歯を見せて笑うと、
「隙あり〜っ!」
と叫び、そそくさとその場から逃げて行った。
「…………、って。自分からキスしてるじゃないかっ!!」
驚いて しばし呆然としていた匠海は、しかしすぐに我に返り、誰も居なくなった空間に対して1人で突っ込み。
そして「はぁ〜……」と深い溜め息を付いて、がっくりと項垂れた。
知らず知らず、その口元に長い指先が添えられる。
ヴィヴィの――妹の柔らかくてしっとりとした唇の感触が、残っていた。
匠海だって一応男だ。
妹とは言えあんなに愛らしい少女が、艶々のピンク色の唇を押し付けてきたら、少なからず動揺する。
「はぁ……いつになったら、兄離れ、してくれるんだろう……」
いつまであの可愛い『攻撃』に耐えなければならないのかと、匠海は途方に暮れるのであった。