5章-2
自然に妹の肩に腕を回し、自分に引き寄せる双子の兄を見上げ、
「そっか、七夕で『星繋がり』なんだね?」
そう尋ねると、クリスは首肯した。
「クリスは願い事、何て書いたの?」
興味津々な表情で探りを入れたヴィヴィだったが、
クリスは結局「Secret……」と言って、教えてはくれなかった。
カランコロンと予鈴が鳴り、皆がぱらぱらと教室に戻り始める。
ヴィヴィは皆が忘れ物をしていないか、確かめる為に最後まで残っていたが、
周りに人がいなくなった笹の葉を見上げ、微笑んだ。
(今年のヴィヴィの『願い事』……。叶いますように――)
「ヴィヴィ〜? 置いてくよ〜?」
親友が付いて来ていないことに気づいて戻って来たカレンに声を掛けられ、
ヴィヴィは「うん!」と頷き、踵を返して教室へと戻った。
誰もいなくなった講堂前のラウンジに、空いたままの窓から風が吹き込む。
しゃらりと涼しげな音を立てて、葉を揺らした笹の間から、1枚の短冊が覗いた。
『大切な人と ずっと一緒に いられますように ―― Victoria』
君(星)が生まれたとき
神様はいくつかの力を授けてくれたよ
そのひとつが
夢をかなえる力なんだよ
星に願いをかけるなら
君がどんな人だって構わない
心から願う その気持ちは きっと叶うんだよ
一生懸命夢みているなら
どんな願いでも叶うんだよ
星に願いをかけるなら――
夢みる人がそうするように
運命は優しく、誰かを愛する人の願いを叶えるだろう
密かに望む甘い願いを
予期せぬ稲妻のように
運命はあなたに訪れる――
星に願いをかけるなら
あなたの夢は叶うだろう――
まだ一般営業中の夕方。
大きなメインリンクの横にある、半分程の広さのサブリンクで、
ヴィヴィは持ち込んだ iPodで音楽を流していた。
曲は―― When you wish upon a star ―星に願いを―。
今日 学校で耳にした時、ふと「この曲で滑ってみたい」と素直に思った。
それは願い事があるヴィヴィが、無意識に欲して選んだのか、ただの偶然だったのか。
そして思い立ったらじっとしていられないヴィヴィは、毎日の日課である勉強や楽器の練習もそこそこに、リンクへと向かっていた。
(最初はチャーミングに、女の子がちょっと、拗ねているように――)
ヴィヴィは腰の後ろで両手を組むと、少し俯いて爪先を見つめるポーズをする。
曲が流れ、拗ねて小石を蹴っている様にトウを動かし。
歌い出しが始まると、何かに気づいたように辺りを伺い、
やがてその視線はゆっくりと、夜空の星へと注がれる。
スピードに乗ってステップからのトリプルアクセル、もしくはトリプルサルコウ。
出来れば片手を上げながら。
(ここはスプレッドイーグルで、たくさん星を振りまく感じで――)
身体の前で水をすくうように、下から持ち上げた両手を大きく上へと開きながら、
両脚のトウを外へと開き、両脚で横に滑る。
シャーロットスパイラルから、アラベスクスパイラルへ。
バタフライからスピンに入り、レイバックスピンの手のポジションは、
必死に請い願う様に胸の下で組んでから、ゆっくりと空を掴むように、指先まで神経を行き渡らせて。
夜空を見上げていた少女は、やがて眠くなり大きなあくびをし、氷の上へと跪き。
――最後は空を見上げて、祈りを捧げる。
(う〜ん……子供っぽ過ぎるかな? もうちょっとJAZZとか使って、大人っぽくしたほうが――)
一通り滑ってみて、流しながら考えていた時、
「ヴィヴィ、何してるの……?」
呼ばれた方を振り返ると、サブリンクのフェンス傍、他の生徒を見ていた筈の母ジュリアンが立っていた。
(やっば……っ)
家ではいつも優しい母だが、リンクでは鬼の様に厳しい。
きっと「遊ぶ暇があるなら、全然上達しないSPを滑り込みなさいっ!」と怒られる。
「え、えっと……ちょっと――あ、遊び……?」