1章-2
東京都渋谷区松濤。
BST(ブリティッシュスクール イン 東京)の創立50周年を記念し、増改築された講堂では、
そのこけら落としとして、在校生による演奏会が行われていた。
このインターナショナルスクールは幼児の頃から皆、弦楽器や管楽器等の何らかの楽器を習う為、演奏のレベルは高い。
しかしその管弦楽団をバックに浪々と奏でられる独奏は、明らかに他の者より抜きんでていた。
装飾音符も鮮やかにハンガリー民謡を歌い上げると、束の間の静寂の後、
存分にピチカートを多用して音を弾ませ、しっとりとした場の空気を一変させる。
あまりにも有名なその曲の最後の音を響かせ、弓を上方へ振りぬくと、独奏者である少女はしばらく微動だにしなかった。
が、やがてほうと息を吐くと、弓を持っている腕を下し、観客に向き直った。
広大な講堂に、しん――という音が聞こえそうなほどの、静寂が広がる。
(………………?)
サラサーテのツィゴイネルワイゼンを弾ききった少女――ヴィクトリアは、
ぽかんと口を開けて彼女を見つめる生徒やPTA達に、こてと首をかしげて見せる。
そのあどけない仕草に我に返った聴衆が、ワッと割れんばかりの拍手をしたのを確認し、
額に汗を浮かべたヴィクトリアは、満足そうにニコリと笑った。
途端に辺りに、英語やフランス語が飛び交う。
「ちょ――っ!! ヴィヴィってあんなにヴァイオリン、うまかったんだっ!?」
「勉強も出来て、スケートも出来て、その上音楽の才能もあるなんて――何者さっ!?」
「その上、驕(おご)ったところが全然なくて、あんなに可愛いんだもんな〜〜」
緞帳(どんちょう)が下りてしまってヴィクトリア、もといヴィヴィには全く聞こえていなかったが、
演奏後の記念式典の間も、生徒達はざわざわと彼女の非凡さを囁いていた。
――――――
※ツィゴイネルワイゼン
吉本新喜劇、桑原和男のネタ「神様〜っ」のBGM。
♪ミーラーシードー♪ のやつ。