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衛星和誌 −Qカップ姉妹−
【SF 官能小説】

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ジェニファー語り(5)-1

「コンジャンクションの開催まで、四十八時間を切りました‥‥」
 ナディーカさまの涼やかなお声が、わたしがムヴグリで移動する通路に響いていた。これはスピーカーを通し、いま、アグラウラ全体に流れている。モニタがある場所では、お顔も見ることができていた。いや、ナディーカさまのお顔とお声が流れているのは、この王宮だけではない。これは、スガーニー国営放送の特別番組プログラムであった。生放送で、姫さまの執務室に据えられたカメラから、スガーニー全土に、同じ映像と音声が流れているのだ。内容はいちおう、わがスガーニー向けの放映だが、事実上、この木星圏の全域――すなわち全世界へ流れているはずでもあった。
 主要四大衛星はもちろん、その他小衛星、衛星軌道上に浮かぶ各種ステーションや、古くからある小さな工業用また居住用の人口天体コロニーの類にも。そして、軌道上にあるわがスガーニー国軍の各艦、そして、この間ベルサビア空港から出航し、ちょうどコンジャンクション開催の明後日に危険な高重力の母なる木星に最も近づく人工物体となる、木星圏随一のエンジン出力を誇る内洋探査船「緑の女ウアジェト」号にも、いま、この瞬間、ナディーカさまのお声とお姿が、届いているはずなのだ。
 ナディーカさまは、オイオのプレーヤーたちが到着したことを正式に述べ、また、コンジャンクションの意義をあらためて述べられた。お声を聞いているうちに、わたしも、見ておきたいという気持ちに駆られた。立ち止まってオーガンカードを取り出し、操作して画面を出す。幸い、すぐに接続できた。わが主君は、気品ある白に金刺繍のドレスで、こちらに向けて微笑みかけていた。「ナディーカ・スマイル」。わたしは日頃から接しているために特に印象は強くなく、また軍属であるために意識はしないが、こういった所作も、姫さまへの支持へと繋がっている。わたしもこれからは、こういったことへの理解と学習が必要だろう。
「ご協力、感謝いたします。わたしたちは、正々堂々と闘います‥‥。どうか皆さまにも、公平なご審査とご評価を、お願い申し上げます‥‥」
 姫は穏やかにそうお話され、そうして、深々とお辞儀までした。スガーニーはもとより、木星圏中に好印象を与えるのは、間違いないだろう。「皆さま」。事実上この星系の最高権力者にそう言われて、悪い気がするものではないだろうからだ。
「母なる木星と、その稚児たるわが星系に、末永き光輝のあらんことを。全民に、よき未来が訪れますように‥‥」
 コンジャンクションの意義については、少し前に、ナディーカさまは歴史時代の話まで持ち出して、わたしにも話してくれようとした。しかし、残念ながら、わたしは歴史時代のことなど、基本的な知識すらろくに持っておらず、話自体がほとんどわからなかった。そのとき浮かんでいたわたしの表情を読み取ったのだろう。ナディーカさまも、お話をやめてくれた。
「お茶にしましょう」
 姫さまはそのとき、話題を変えようというのか、リリアを呼んだ。調教士の奴も来るかも‥‥と、わたしは姫さまに気取られぬよう身構えたのだが、結局その場には姿を現わさなかった。
「クロワ茶よ。いい香りでしょ?」
「はい、確かに‥‥」
 リリアが正式な手順で淹れたというトゥーロパ産のクロワ茶は、鼻腔をくすぐり、鈍いわたしにも、そのとき、どこか官能的で、かつ心を和ませる香りを嗅覚に覚えさせた。姫さまはリリアを呼び、耳元になにやら囁いた。リリアの顔が驚きに変わり、そして羞恥に染まっていった。
「ケーキよ」
 姫さまは、わたしにはそう言うと、わたし絡みの話をしはじめた。
「ベルサビア拡張の問題は、本当に頭が痛いわ‥‥。ジェニー、あなたからも軍に、少し待ってくれるように言ってくださらない?」
 わたしは、先刻の姫さまの耳打ちが気にはなりながらも、己が目の前の人物の配下であることを思い出さざるを得なかった。彼女リリアには彼女の、わたしにはわたしの、仕事があるのだ。
「申し訳ありませんが‥‥。わたしは、管轄が違いますので――」
 姫がそのときおっしゃったのは、ベルサビア空港を拡張させて、その分を軍専用スペースとして使わせてくれと、わが国軍が要望を出していることだった。拡張の構想自体は以前からあったものなのだが、それを民間の資金で大部分をまかない、利用は自分たちだけで、しかも早急にというその主張は、当の国軍に所属する自分にも疑問に思えていた。
 が、わたしはそう答えることしかできなかった。わたしは、駒のひとつにすぎない。いや、これは大変に失礼かつ過ぎる言い方だろうが、姫もまたスガーニーの国家の駒のひとつ、ひとつの大駒にすぎないのだ。――ちなみに、この問題はいまも片付いていない。


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