ジェニファー語り(5)-1
「コンジャンクションの開催まで、四十八時間を切りました‥‥」
ナディーカさまの涼やかなお声が、わたしがムヴグリで移動する通路に響いていた。これはスピーカーを通し、いま、アグラウラ全体に流れている。モニタがある場所では、お顔も見ることができていた。いや、ナディーカさまのお顔とお声が流れているのは、この王宮だけではない。これは、スガーニー国営放送の特別
主要四大衛星はもちろん、その他小衛星、衛星軌道上に浮かぶ各種ステーションや、古くからある小さな工業用また居住用の
ナディーカさまは、オイオのプレーヤーたちが到着したことを正式に述べ、また、コンジャンクションの意義をあらためて述べられた。お声を聞いているうちに、わたしも、見ておきたいという気持ちに駆られた。立ち止まってオーガンカードを取り出し、操作して画面を出す。幸い、すぐに接続できた。わが主君は、気品ある白に金刺繍のドレスで、こちらに向けて微笑みかけていた。「ナディーカ・スマイル」。わたしは日頃から接しているために特に印象は強くなく、また軍属であるために意識はしないが、こういった所作も、姫さまへの支持へと繋がっている。わたしもこれからは、こういったことへの理解と学習が必要だろう。
「ご協力、感謝いたします。わたしたちは、正々堂々と闘います‥‥。どうか皆さまにも、公平なご審査とご評価を、お願い申し上げます‥‥」
姫は穏やかにそうお話され、そうして、深々とお辞儀までした。スガーニーはもとより、木星圏中に好印象を与えるのは、間違いないだろう。「皆さま」。事実上この星系の最高権力者にそう言われて、悪い気がするものではないだろうからだ。
「母なる木星と、その稚児たるわが星系に、末永き光輝のあらんことを。全民に、よき未来が訪れますように‥‥」
コンジャンクションの意義については、少し前に、ナディーカさまは歴史時代の話まで持ち出して、わたしにも話してくれようとした。しかし、残念ながら、わたしは歴史時代のことなど、基本的な知識すらろくに持っておらず、話自体がほとんどわからなかった。そのとき浮かんでいたわたしの表情を読み取ったのだろう。ナディーカさまも、お話をやめてくれた。
「お茶にしましょう」
姫さまはそのとき、話題を変えようというのか、リリアを呼んだ。調教士の奴も来るかも‥‥と、わたしは姫さまに気取られぬよう身構えたのだが、結局その場には姿を現わさなかった。
「クロワ茶よ。いい香りでしょ?」
「はい、確かに‥‥」
リリアが正式な手順で淹れたというトゥーロパ産のクロワ茶は、鼻腔をくすぐり、鈍いわたしにも、そのとき、どこか官能的で、かつ心を和ませる香りを嗅覚に覚えさせた。姫さまはリリアを呼び、耳元になにやら囁いた。リリアの顔が驚きに変わり、そして羞恥に染まっていった。
「ケーキよ」
姫さまは、わたしにはそう言うと、わたし絡みの話をしはじめた。
「ベルサビア拡張の問題は、本当に頭が痛いわ‥‥。ジェニー、あなたからも軍に、少し待ってくれるように言ってくださらない?」
わたしは、先刻の姫さまの耳打ちが気にはなりながらも、己が目の前の人物の配下であることを思い出さざるを得なかった。
「申し訳ありませんが‥‥。わたしは、管轄が違いますので――」
姫がそのときおっしゃったのは、ベルサビア空港を拡張させて、その分を軍専用スペースとして使わせてくれと、わが国軍が要望を出していることだった。拡張の構想自体は以前からあったものなのだが、それを民間の資金で大部分を
が、わたしはそう答えることしかできなかった。わたしは、駒のひとつにすぎない。いや、これは大変に失礼かつ過ぎる言い方だろうが、姫もまたスガーニーの国家の駒のひとつ、ひとつの大駒にすぎないのだ。――ちなみに、この問題はいまも片付いていない。