風呂上がりの夜空に-1
「ただいま」
ユウジが帰ったマンションの七階は、夕方になると西日が差し込むのでリビングのカーテンをひいてしまう。
それでも電灯をつけるには明るすぎるので、日が落ちる時刻まではカーテン越しの薄明かりで過ごすことになる。
それがユウジの育った日常における黄昏の風景だった。
もっともその日常は、ここ数年で少し変化している。
「んー」
おかえり、と言うのも億劫そうな声がした。
姉のシホがソファーに寝そべってテレビを観ている。
ユウジはその姿を見て、
(今日も俺が晩飯を作るのか・・・)
と、落胆というほどではないが、諦めには少し似た感情を抱いたのだった。
いい大人が仕事もせずに高校生の弟に晩飯を作ってもらうって、どうなんだろう?
(別にいいけどね。料理、好きだし)
それより憂鬱というか、ちょっとイライラしていることはある。
まあ、今ここで言うことではないが。
両親はともども出版業界にいる。
父親はフリーライターを生業としており、一応は駅前に事務所がわりのワンルームを借りているが、そこは資料置き場としてしか機能していない。
飛び出したまま半月も家をあけたかと思えば、いつの間にか帰ってきて何日間もろくに動かず、テレビの前で突き出た腹を掻いていることもある。
本人は一匹狼だとうそぶいていたが、ユウジの見るところ腹が減ったら帰ってくるドラ猫だった。
一方の母親といえば、某雑誌の編集長として昔懐かしいモーレツ社員を地でやっている。
朝だけは遅めなのでサラリーマンよりましだろうが、かわりに夜は終電がデフォルトで、追い込みに入ると3日や4日は泊まり込む。
概ねにしろスケジュールが見えているぶん、父親よりは規則正しい(?)生活と言えるが、一般的な母親像とかけ離れていることには違いない。