29章-3
ゆるゆると首を振った美冬に明らかにほっとした表情をした鏡哉は、車から降り助手席のドアを開いた。
車から降りた美冬は先を歩いていく鏡哉に大人しくついていく。
静かに上昇するエレベーターに揺られ、部屋のある階に着いた。
昔と変わらずシックな廊下を通り、鏡哉の部屋に辿り着く。
先に中へ促されブーツを脱いで出されたスリッパに足を通す。
脱いだブーツを隅に置こうと手を伸ばした時、その手を鏡哉に取られた。
そして気が付いた時には、トレンチコートを着た鏡哉の胸の中にいた。
「………!」
いきなりのことで美冬は一瞬何をされたのかわからなかった。
しかし自分が鏡哉に抱きしめられていると認識した途端、鼓動が跳ね上がった。
どくどくと脈拍が上がり、体温が上がっていく。
(な、なんで……?)
混乱する頭の中で鏡哉に疑問を投げかける。
訳が分からなくなり身じろぎした美冬を、鏡哉はさらに抱き込んだ。
「会いたかった――」
鏡哉から苦しそうな声が漏れる。
鏡哉と密着した体から暖かい体温が伝わってくる。
昔と同じ香水の香りが微かに鼻孔をくすぐる。
会いたかったと言った鏡哉の言葉が耳の中で木霊する。
会いたかった。
会いたかった。
私は――?
(私は今、彼に会いたかっただろうか……)
美冬はまた自問自答する。
けれどもう頭の中はぐちゃぐちゃだった。
目頭が熱くなり、熱い涙がぼろりと零れる。
喉と胸が内側から絞られているように苦しくなり、嗚咽が漏れる。
会いたかった?
会いたかった?
「………っ」
(会いたかったに決まっている――!!)