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籠鳥 〜溺愛〜
【女性向け 官能小説】

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29章-2



 その瞳に携帯電話の時刻が入り、あわてた美冬はちょうど入ってきた車両に乗り込むと、家庭教師のバイトへと向かった。

 2時間のバイト中はぼうとすることもなく、加奈と予定通りの勉強を終えた。

 ただ帰ろうとした美冬に加奈が「センセ、恋煩い?」と聞いてきた。

「え、ど、どうして?」

 どもった美冬に加奈がカラッと笑う。

「たまに困ったような顔してたし、それになんかね〜美少女度がアップしてる」

 2歳も年下の高校生に美少女と言われ、美冬は「大人をからかうな〜」っと笑って見せた。

 少し予定の時間が過ぎたが、加奈の家を後にする。

 降り続いていた雪は止んでおり、積もることもなかった。

 数分歩いて地下鉄の駅に辿り着くと、学園前までの電車に乗り込んだ。

 吊革につかまり、ガラス戸に映った自分を見る。

 高校の頃に比べれば顔の丸さは少なくなり少しすっきりした気はするが、相変わらずの童顔。

 鏡哉は三年半前に比べ精悍な顔つきで、男としての自信が滲み出ているようだった。  

 それはそうか、と美冬は納得する。

 自分が二十歳になったということは、鏡哉は二十九歳だ。

(アラサーかあ……)

 そうどうでもいいことを考えていると、学園前駅に車両が滑り込んだ。  

 ぼんやりしながら車両から降り改札を抜けたところで、美冬はやっと置かれている状況を思い出した。

 目の前の階段を上ったところに鏡哉が待っているのだ。

(私ってば、アラサーとかどうでもいいことばっかり考えて! ていうかそうじゃなくて! ど、ど、どうしようっ!?)

 全身から変な汗が噴き出すようだった。

 階段の手前で立ちつくし、頭の中でわたわたと焦る。

 しかし後続の電車から降りてきたらしい人波が改札からあふれ出し、美冬はあれよあれよという間に狭い階段を上らされ、まるで吐き出されるように駅の出口に出されていた。

 恐る恐る視線を上げると、日が沈んで暗い校門の前に車が止まっているのが見える。

 その横に立っていた人影が美冬に向かって歩いてくる。

(こ、心の準備が〜!!)

 凍りついたようにそこに立ち尽くした美冬の目の前に鏡哉が立った。  

「………」

 待たせていたことに詫びを入れるべきなのだろうが、言葉が出てこない。

 黙りこくる美冬の背を軽く押して歩き出した鏡哉が口を開く。

「話をしたいから、車に乗って」

 助手席のドアを開けられ、美冬は静かに乗り込んだ。

 ドアを閉めた鏡哉が運転席に収まり、ベンツを発進させる。

 静かなモーター音しかしない車内で、二人は無口だった。

 心の準備ができていない美冬だったが、無表情で運転をしている鏡哉を目の端で確認すると徐々に気持ちが落ち着いてきた。

 まず真っ先に思ったのは、鏡哉は何をしに来たのだろうかということだった。

 三年半という、自分にとっては長い空白時間を経て。

『会いたかった……』

 確かに鏡哉はそう言った。

 とても苦しそうな表情で。

「………」

 近くの高校の前を通り、校門が目に入る。

 ぎゅうと胸が締め付けられる。

 あれからずっと毎日校門をくぐるのが辛くて、苦しくて。

 勝手に期待しては裏切られ。

 私は――、

(私は今、彼に会いたかっただろうか……)

 自分の気持ちが分からなくて、美冬は俯く。

 鏡哉は話がしたいとも言っていた。   

(………何を?)  

 今更何を話そうというのだろう。

 混濁した思考の中で考えを巡らせた美冬は、膝に置いたバックをギュッと握りしめた。

(そっか……あれ、まだサインしてなかった)

 思い出したそれに、俯いた美冬の顔が歪む。

 何をバカなことを期待していたのだろう。

(鏡哉さんがまだ自分を愛していて、迎えに来てくれたんだって――)

 あまりの自分の愚かさに、目頭が熱くなる。   

 涙を我慢しようと顔を上げた美冬だったが、ベンツが走っている場所を見て一瞬で固まった。

(ここ――)

 呆然とする美冬に反し、車は地下駐車場へと入っていく。

 前と変わらない所定の場所に停車した鏡哉はサイドブレーキを引き、ゆっくりと助手席の美冬を見た。

「込み入った話になると思ってマンションにしたんだが……嫌だったらどこか個室のレストランでもとろうか?」

 困惑した美冬の表情に気付いたのだろう、鏡哉は外にしようかと譲歩してきた。

 美冬は戸惑った。

 一緒に生活していた部屋に入るのは今の自分には辛いが、だからと言ってわざわざ今からレストランを予約させるのも気が引ける。

(二人の関係を口外しない契約書にサインをするだけなのに……)



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