28章-2
高柳は胸から手帳を取り出し、さらさらと何やら書き込み破り取る。
そしてにやと笑うと「ご褒美です」と鏡哉に手渡した。
鏡哉は訝しげにそれを受け取ると、確認した。
(さあ、泣いて喜べ!)
心の中で主に対して決して正しくない言葉を投げつけた高柳だったが、鏡哉の反応は想像していたものと真逆だった。
大きな掌でメモをくしゃりと握りつぶすと、後ろにぽいと放った。
「え?」
呆気にとられた高柳が思わず声を漏らす。
「あれの居所なら、大学に進学した時から把握している」
「なんだ。つまらない」
秘書の仮面を剥がした高柳が心底つまらなさそうな声を上げる。
「じゃあ、今からアパート向かいます? リムジン待たせていますよ?」
にこにことそう言う高柳に「お前とは絶対に迎えに行かない!」と鏡哉は拒否した。
(明日にでも大学へ迎えに行くのか?)
あんまり鏡哉をからかうのも後が怖いので、高柳は「ではまた明日」と挨拶をしてマンションから立ち去った。
しかしそれから一週間経っても、鏡哉は美冬の元を訪れていなかった。
何か考えがあるのかと見守っていた高柳だったが、12月に入っても動こうとしない鏡哉にとうとう痺れを切らしてマンションの部屋へ訪れた。
「何だ?」
日曜の夜に突然訪問した高柳に、鏡哉が不機嫌さを隠しもせず尋ねる。
「何だじゃありません。なぜ美冬ちゃんに会いにいかないんですか?」
「……お前には、関係ない」
一刀両断した鏡哉に、高柳はひるまず言い募る。
「私が関係なくて誰が関係しているというのでしょう」
「………」
もっともな意見に、鏡哉が黙る。
「美冬ちゃん、待っていると思いますよ?」
高柳は鏡哉のいるソファーの横に腰を下ろす。
「それに貴方も大人になった。もうあの時と同じ過ちを繰り返しはしないでしょう?」
「………」
鏡哉は何も言わず、視線を落としている。
「三年半、貴方は頑張りました。どうどうと胸を張って迎えに行けばいいと――」
「三年半――」
話していた高柳を遮って、鏡哉が呟く。
「え?」
「三年半……お前なら待てるか?」
鏡哉のその問いに、高柳は即答した。
「待てませんね、俺は」
「……そういうことだ」
鏡哉は立ち上がると、ワインセラーからワインを取出す。
高柳はそれを受け取るとコルクを抜き、持ってきたワイングラスに注いだ。
芳醇な赤ワインを口にしながら、高柳は鏡哉を見つける。
(そういうことか)
グラスをローテーブルに置くと、高柳はにやりと笑う。
「じゃあ俺、今から美冬ちゃんに会ってきます。綺麗になってるだろうな〜美冬ちゃん。貴方のことなんか忘れて、俺に惚れちゃったりして」
そう言って焚き付けようとしたが、鏡哉はふんと鼻から息を漏らす。
「勝手にしろ」
(おや、ダメか)
高柳はもう一口ワインを飲むと、口を開く。
「貴方はどうなんですか?」
「……どうとは?」
「三年半で美冬ちゃんを忘れることができたのですか?」
その質問に鏡哉は息を吐き出すと、首を振った。
「美冬ちゃんだって同じですよ」
そう言ってやったが、鏡哉はまた首を振った。
「私は美冬の将来を潰そうとした。愛していると口では言いながら、自分勝手に自分の愛情をあの子に押し付けただけだった」
心の奥を吐露する鏡哉を高柳は静かに見守る。
「美冬はきっと……私が美冬を愛しているといった言葉を、信じていない……」
静かにそう言い切った鏡哉を、高柳はもやもやした気分で見つめた。
「あの子は信じています、貴方の愛情を。だからあの時、離れようと決意したんじゃないですか」
「いや……きっと私から離れたかっただけなんだ。もうきっと私のことなんて思い出したくないに違いない」
鏡哉はそう言ってワインを煽る。
高柳は女の腐ったようなことを言い続ける鏡哉に、いい加減もやもやが頂点に達しそうだった。
(信じられない。これがあの自信に満ちたカリスマ経営者か?)
「ったくあんたは、29にもなって、人に背を押してもらえないと好きな女にも会いに行けないのか?」
いきなり言葉が砕けた高柳に、鏡哉は沈黙し反応しない。
「ああ゛っ!! もう、どんだけ不器用なんだ、あんたらは――!」
ついに切れた高柳が大声を上げる。
そして胸の中から二通の封書を取り出した。
視線を落とした鏡哉の前にその封書を並べて置いた。
鏡哉の瞳がその一つに止まり、持ち上げて宛名と差出人を確認した。