26章-1
鹿児島は東京に比べて日差しが強い気がする。
美冬は目覚まし時計が鳴る前に、カーテンから漏れた朝日で目を覚ました。
目覚まし時計をOFFにし、少し離れた隣のベッドで眠るルームメイトを見て苦笑いする。
空調が整っているとはいえそんな寝相では風邪をひいてしまうのではないだろうか、と思えるほどお腹が見えていた。
美冬は静かにベッドから這い出すと、ルームメイトの上掛けを掛け直し、部屋に備え付けのユニットバスで顔を洗った。
パジャマからブレザーの制服に着替え、そっと部屋を出る。
たまに早く起きると寮の裏庭を散歩するのが美冬の日課になっていた。
いくつもの扉の前を通り過ぎ、一階のロビーに降りる。
玄関近くの自分のメールボックスを覗くと、白い封筒が一通入っていた。
取り出して差出人を見て口元が緩む。
それを手に外へ出ると、11月の少し寒い空気が自分に纏わりついた。
裏庭へ向かうと、途中食堂のおばちゃんと出会う。
「高柳さん、今日も早いね」
「おはようございます。目が冴えちゃって」
愛想のいいおばちゃんは「寒いから風邪ひかないようにね」と笑い、寮に入っていった。
美冬は裏庭のベンチに腰を落とすと、封筒を見つめる。
宛名は『高柳 美冬様』と書かれている。
鏡哉の父、鷹哉に転校にあたって偽名を使うようにと言われた時は戸惑った。
はたしてそこまでする必要があるのかと思ったが、「鏡哉なら興信所を使って君を探し回るだろう」と言われ、やむなくそうすることにした。
(だからって、なんで『高柳美冬』なのかな……)
偽名を口にした高柳が、もの凄く楽しそうだった時の事を思い出し、美冬は苦笑いをする。
転校して数日は「高柳さん」と呼ばれ気づかなかったことが何度かあったが、今は慣れてしまいそんなことはなかった。
開封しようとしてペーパーナイフがないことに気付いたがはやる気持ちが勝ち、できるだけ丁寧に糊付けを剥がして封を開いた。
手紙の主、高柳はここ一か月の鏡哉の様子を面白おかしく書き記していた。
渡米後早々に「社長はゲイです」と周りに言いふらした高柳が、鏡哉に半殺しの目にあったこと。
それを信じた周りの女性が、悔しそうに遠巻きで鏡哉を見つめていること。
アメリカ支社の業績が思わしくなく、鏡哉がワーカーホリック気味になるのを止めるのが大変なこと。
アメリカ大学時代の友人たちが、鏡哉を遊びに連れ回してくれるので助かっていること。
読み進める美冬の口元からクスクスと笑いが零れる。
封筒には一枚、どう見ても隠し撮りした鏡哉の写真が入っていた。
場所は会社だろう、バックに高層ビルが映り込んでいる。
この写真をこそこそ撮っている高柳を想像し、美冬は笑いが止まらなかった。
高柳は二人が離れ離れになった9月以降、月に一回こうして手紙を送ってくれていた。
鏡哉には美冬の居場所がわからないままだという。
(それでいい。鏡哉さん、私達はそれぞれ新しい未来へと向かって歩いているのだから――)
封筒に便箋と写真をしまい、美冬は小さく息を吐き出す。
手紙を貰い鏡哉の近況が知れるのは嬉しい。
けれど美冬からはまだ一度も高柳に手紙を送ったことはなかった。
高柳は鏡哉にその内容を伝えることは出来ないだろうし、自分は、
(「鏡哉さんに会いたい」と書かずにはいられない……)
瞼を閉じただけで鏡哉の笑顔が思い起こされる。
香りも、広い胸も、暖かいその腕も。
ぎゅっと瞼をつむり、涙が出そうになるのを必死に堪える。
(自分から鏡哉さんと離れたのに。私は本当に弱い……)
数分かけ上を向いてなんとか涙を引かせると、美冬はベンチから立ち上がる。
「強く、ならなきゃ……」
美冬は自分の頬を両手でぴしゃりと叩いて気合を入れると、寮に戻った。