26章-3
そう同意を求めてこちらを振り返った皐月だったが、反応のない美冬を不思議そうに見つめた。
「美冬? どうしたの、ちょっと顔色悪いよ?」
皐月が手を伸ばして美冬のおでこに触れる。
「熱はないみたいだけど……」
「……ごめん、ちょっと貧血……」
なんとか声を振り絞りそう答えた美冬から、皐月が手を放す。
「ご飯食べれる?」
「ううん、ごめん……部屋、戻るね」
そう言って踵を返した美冬を、皐月が心配そうな表情で見送っていた。
部屋に戻り、ベッドの上に倒れこむ。
上掛けにくるまると、今見たものを頭の中で反芻した。
鏡哉の腕に自分のそれを絡ませ、ホテルらしきところから出てきたセリナの写真。
二人は笑顔だった。
「………」
(付き合ってる、のかな……)
本当に貧血になったのか、頭から血が引いていく気持ち悪い感覚に目をギュッと瞑って耐える。
『付き合ってるにきまってるでしょ』
頭の中に、誰かの声が聞こえる。
(嘘、私は信じない!)
美冬は痛み始めた頭を押さえ、必死に言い返す。
『あれから半年たったのよ。鏡哉だって逃げ続けるあんたに愛想を尽かしたのよ』
(そんなことない! 鏡哉さんはちゃんと私の気持ち、分かってくれているはず!)
『馬鹿ね、あんな手紙一通残して消えたあんたのことなんて、忘れてるって』
(ちがう! 私は二人の将来を考えて――)
『鏡哉がいつまでも自分だけを愛し続けてくれるって、本当に思ってるの?』
(………)
胸がぎゅうと締め付けられる。
(だって――)
「だって、鏡哉さんは、愛しているって言ってくれた……」
掠れた声が上掛けの中から漏れる。
自分の体を自分の腕で抱きしめる。
(信じなきゃ。信じなきゃ。
鏡哉さんを信じなきゃ――)
その日からしばらくの間、セリナのニュースはワイドショーの話題に上った。
ある局では「結婚間近」とまで報道していた。
一報から数日後、高柳から手紙が届いた。
きっと中には報道は誤解だという説明が書かれているのだろう。
しかし、美冬は怖くて手紙を開封することができなかった。
もし二人は付き合っているという内容だったら、と思うと恐ろしくて読むことができず、それ以降も届いた手紙は開封されることなく引き出しの奥に仕舞われている。
季節が過ぎ、夏が来た。
鹿児島の夏は干上がりそうなほど熱い。
放課後、美冬は空調のきいた教室の窓際の席に座り、蜃気楼を上げる校庭とその先にある校門をぼんやりと見下ろしていた。
机の上に腕を組んで、その上に小さな頭をこつんと乗せる。
ゆっくりと目を閉じると、ちょうど一年前の今日のことがありありと思い出された。
いきなり校門に車で現れた鏡哉は、美冬を着せ替えフレンチレストランへと連れ出した。
天井から降り注ぐキラキラしたシャンデリアの光と、その下で楽しそうにこちらを伺う鏡哉の姿。
突然現れた女性にやきもちを焼いた揚句、子供っぽい態度をとってしまった自分。
あの日、鏡哉に「愛おしい」と言われ、美冬は鏡哉への気持ちに気が付いたのだ。
懐かしい、とても大切な思い出。
ゆっくりと瞼を上げる。
しかし見下ろす外の風景が変わることはない。
「信じてる……」
誰もいない教室に、美冬の声だけがする。
熱愛報道以降、美冬は不安になるとそう呟くことが癖になっていた。
重い頭を上げると鞄を取り、誰も待っていない校門へ向かって歩き出した。