26章-2
(月日って思ったよりもゆっくりと流れるんだな……)
放課後、自習室の窓際の席で外を眺めながら、美冬は小さく溜息をつく。
受験シーズン真っ只中の三年生に進級して一か月が経とうとしているのに、こんな悠長なことを思っているのはこの進学校の中で自分だけだろう。
現にルームメイトで同級の皐月(さつき)はいつも「一日が36時間だったらいいのに!」と言っている。
がむしゃらに日々を過ごしていると、一日が過ぎるのがあっという間。
そういう社会通念を真に受け、美冬は一週間前にそれを実行に移してみた。
しかし結果はというと時間はやっぱりゆっくりと流れ、しかも体調を崩してダウンしてしまった。
(我ながら、馬鹿なことをした……)
数日寝込んでしまった結果を思い出し、美冬は小さく肩を竦める。
(幾つになったら大人なんだろう?
幾つになったら――鏡哉さんと会えるだろう)
二十歳?
大学を卒業したら?
社会人として自分のことに責任をとれるようになってから?
「………」
感傷的になっている自分に気づいているのだが、今日は簡単に浮上できる気がしなかった。
今日は鏡哉の誕生日だった。
一緒にいたからといって、何か特別なことをしてあげられる訳でもない事は分かっている。
けれど自分の愛している人の生まれた日にも一緒にいられない自分の運命を、少なからず美冬は呪いたい気分だった。
視線が下がり手元の数学の教科書が目に入る。
今日の復習を終え明日の予習をしようとしていたところだったが、今日はもう何も頭に入らなさそうだった。
腕時計を見るともうすぐ夕食の時間だった。
美冬は荷物をまとめると、部屋へと戻った。
「あ、美冬! 一緒にご飯いこ〜」
帰ってきた美冬を皐月が笑顔で迎える。
その天真爛漫な笑顔に美冬の心が少し軽くなった。
「うん」
荷物を置いて連れ立って部屋を出る。
「あ゛〜、ご飯食べたら英語の予習しなきゃ」
明日授業で当たることを思い出したらしい皐月の口からため息が零れる。
それを笑った美冬に、皐月が唇を尖らせる。
「む〜、美冬は学年トップクラスだから余裕だね」
少し恨めしそうに睨んでくる皐月に、美冬は苦笑いする。
「でもいつも6位〜10位で、5位以上になったことないよ?」
「十分だよそれで〜」
く〜っと悔しそうに呻いた皐月とロビーに辿り着き、そこを抜けて食堂へと向かう。
するとロビーのテレビの周辺に人だかりが出来ていた。
「何、なに〜?」
好奇心旺盛な皐月が人だかりにすっ飛んで行く。
しょうがなく美冬もその後に続いた。
「あ、皐月だ。あのね、歌手のセリナが熱愛発覚だって」
「え〜〜っ!」
「皐月、セリナのファンだもんね」
「そう、大ファン! で、お相手は?」
食い入るようにテレビを見つめた皐月に続き、美冬もテレビに視線を移す。
一瞬だけだったが白黒の写真が画面に映し出されているのが目に入った。
「あ、消えちゃった〜」
「さっきまでやってたんだけど、どっかの御曹司だって。綺麗な男の人だったよ」
どくん。
美冬の心臓が大きな音を立ててその存在を主張する。
「え〜またやらないかな」
皐月はリモコンでほかのチャンネルに変えてみるが、そのニュースは他の局ではやっていないようだった。
「あ、おばちゃん達、週刊誌持ってるんじゃない?」
皐月と一緒に騒いでいた生徒が、食堂のほうを指さす。
「そだね! 行こ、美冬」
皐月に手を掴まれ食堂に入る。
配膳係以外のおばちゃん達は洗い物をしたり、休憩をしたりしていた。
その中で仲のいい一人に週刊誌を持っていないかと声をかけると、きょう発売の週刊現在を貸してくれた。
見出しには『歌手のセリナ、一般男性と熱愛!!』と出ていた。
「ビンゴ!」
皐月が嬉しそうにページを繰っていく。
その隣で、美冬は制服のスカートを両手で握りしめていた。
(まさか……いや、でも、あの横顔――)
先ほどちらりと見えたテレビの中の写真に、嫌な予感がする。
「あった! ひゃあ、超イケメン!」
皐月が美冬の前に開いたページを指さして見せる。
「ふんふん、ええと、熱愛のお相手は日本を代表する電化製品会社とテレビ局等を傘下にもつ新堂ホールディングの御曹司……おお、玉の輿」
「………」
さあと頭の先から血の気が引いていく音が聞こえるようだった。
「そっかセリナってこの会社のCMタイアップしてるもんね。それで知り合ったのかな?」