24章-2
鏡哉は家のPCを立ち上げ都内の興信所を調べ上げ、その一軒に電話を掛けた。
美冬の行先の調査を依頼し、写真をメールでいくつか送った。
やれることは他にないかと知恵を絞ったが、それぐらいしか思いつかなかった。
鹿児島の美冬の叔父に電話を掛けようかと思ったが、親父の息が掛かっているなら何を言っても無駄だろうとやめた。
村上に電話をかけ、明日一日休む旨を連絡して切る。
村上の受け答えからして、すべてを知っているようだった。
「ちっ」
携帯電話をソファーに投げ捨てる。
立ち上がるとイライラした足取りでワインセラーから赤ワインを取り出すと、オープナーで開ける。
なみなみとワイングラスに注ぎ三杯ほど煽るが、気持ちは収まらなかった。
どうしてという疑問が頭の中でぐるぐると回る。
「何故だ、美冬……」
高柳から事情を聞いた親父が美冬に、「別れてほしい」と切り出したのだろうということは想像がつく。
美冬が別れたくないと一言言ってくれさえすれば、鏡哉は会社を投げ出してもいいと思う。
だてにアメリカの大学でMBAを取得したわけではないのだ。
傾いていた会社を立て直した実績もある。
うちと同規模の大会社に役員待遇で迎え入れられるくらい、訳でもないのだ。
しかし美冬がそんなことを知るはずもない、彼女に語って聞かせたことがなかったからだ。
見つけ次第連れ戻し、会社を辞めようと思った時、携帯電話が鳴った。
着信通知をみて鏡哉の顔が歪む。
「親父……」
『鏡哉、あの子のことは忘れろ』
「ふざけるなっ! 美冬をどこへやった? あいつを連れ戻したら自分はこの会社を辞める」
声を荒げた鏡哉を無視するように、鷹哉は言い渡す。
『興信所を使っても無駄だ。あの子供には偽名を使わせている』
「なん、だと――」
『あの子供は大学の学費と引き換えに、お前と別れることを決意した。鏡哉――その意味が分かるな?』
鷹哉は最後にそう言うと、一方的に電話を切った。
ツーツーという空しい音が耳にあてた携帯電話から聞こえる。
(美冬に、偽名を使わせているだと――?)
携帯電話が掌から滑り落ちて絨毯敷きの床に落ちる。
大学の学費と引き換えに別れることは別に何とも思わない。
美冬は大学に行くのを夢見て頑張っていたのだ、それこそ寝食を犠牲にしてまで。
だから「金に目がくらんで、自分と別れたのか」というような下世話なことは思わない。
だが偽名を使っているとなると話は別だ。
さすがに国外に出るとなると偽名を使うのは不可能だろうから、国外には出ていない筈だ。
しかし都内ならまだしも東京を離れていた場合、偽名を使っている彼女を見つけ出すことは可能だろうか。
そして財界で一二を争う自分の父親が関与しているのだ。
その辺の興信所ごときが太刀打ちできるとは思えなかった。
今更ながらに自分の置かれている立場が明確になり、鏡哉は愕然とする。
震え始めた体をソファーに沈め、深く息を吐き出す。
初めて本当に美冬を見つけられないかもしれないと思った。
たまらなくなって目の前のワインボトルを手に取るが空になっていた。
アルコールを入れてはやる気持ちを落ち着かせたかった。
リビングの棚からブランデーを取り、グラスになみなみと注ぎ、口をつけた。
バカラのグラスを持っている手が小刻みに震える
瞼を閉じると美冬の笑顔が浮かぶ。
頬を染め少しはにかんだような笑顔――。
その笑顔をいつまでも独り占めできると思っていた、離れていくことなんて想像もできなかった。
「美冬――っ!」
鏡哉の喉から苦しげにその名が零れる。
しかししんと静まり返った部屋には、その呼びかけに答えてくれる者はいなかった。