プロローグ-1
「ケン兄はさ、」開けられたアソートの箱から一粒のチョコレートをつまみ上げて、龍が言った。「高二の時の初体験以来、俺の母さんともう何度も抱き合ったけど、」
テーブルを挟んで龍と向かい合っていた健太郎は顔を上げて赤面した。「そ……。な、何だよいきなり」
「やっぱり春菜さんに対して、後ろめたさがある？」
「あ、当たり前だ」
「でもさ、春菜さんは、ケン兄と母さんが抱き合って愛し合うのを見たがってたわけだし、実際目の前でやったよね、ケン兄が１９の時だったっけ？」
「お前もいただろ、その時。しっかりカメラ回してたじゃないか」
「春菜さんは平気なんだよね、っていうか、ケン兄のことは夫でありながら、他の女の人とセックスすることをそれほど嫌がってない、ってことなのかな……」
「相手次第じゃないのか？ 俺がルナの知らない女性を抱いたりしたら、きっと人並みに怒るだろうよ」
「ということはさ、ケン兄がよく知ってる女性で、なおかつ春菜さんもその人を昔からよく知ってたら、抱いて繋がっても問題ないってことだよね？」
「お前、何が言いたいんだ？」健太郎は手にしていたコーヒーカップをソーサーに戻し、怪訝な顔で龍を見た。「お前、いつからそういう風俗の客引きみたいなことやるようになったんだよ」
「いやなに。『Chocolate Time』シリーズが全編完結した後にね、読者からいろいろとリクエストが来ているらしいんだ、作者の神父尊さんに」
「神父尊さんに？」
「そ。そのリクエストに応えて、こないだ俺たち夫婦交換してきた」
「な、なんだって？ ！ ふ、夫婦交換だと？！」
「そ。修平さんたちと」
「お、おまえら！ じゃ、じゃあ、おまえ夏輝と、そ、その……セ、セックスしたのか？」
「うん」
「う、うんって……」
「修平さんも真雪に二度イかされて、とっても気持ちよさそうだったよ」
「しゅ、修平がマ、マ、マユと？！」
「読者が読みたかったシチュエーションだったって」龍は意味ありげににっこりと笑った「でさ、」
「な、なんだよ」健太郎はごくりと唾を飲み込んだ。
「次のリクエストに応えて欲しいって、神父尊さんに頼まれた」
「お、俺に関係があるのか？」
「はい。あります。説明するね。今回は俺たちとケン兄たちの夫婦交換」
「！」健太郎は固まった。
「ケン兄が真雪と繋がって、俺が春菜さんを抱く。以上」
「！」健太郎は固まり続けていた。
「ケン兄は二つのことに許可を下さい。一つ目、ケン兄が真雪とセックスすること。二つ目、春菜さんが俺に抱かれること。如何ですか？ ケン兄」
健太郎はだらだらと脂汗をかいていた。「お、俺だけではき、決められないよ。ルナに訊いてみないと……」
「春菜さんの許可は下りてます。あとはケン兄がうんって言えば、実行に移せます。どう？ ケン兄」
「ル、ルナがうんって言ったのか？」
「言ってくれたよ」
「……」
龍は少し真面目な顔になって身を乗り出した。「春菜さんが俺に抱かれるのが、ケン兄にとってどうしても許せないんだったら、俺は手を引く。でも、ケン兄さえ良ければ真雪を抱いてやってほしいな。真雪はけっこう前向きなんだよ」
「ま、前向きなのか？ マ、マユが？」
「うん」
「お、おまえは平気なのかよ」
「平気だよ。だって、相手はケン兄だもん」
「ルナも前向きなのか？」
「って真雪は言ってたけどね」
健太郎は少し考えて言った。「一日だけ、時間をくれ。その間にルナと話し合ってみるから」
「いいよ」龍は笑った。「無理しなくてもいいけど、いい返事を待ってるからね」
今、コーヒーカップとチョコレートを手にかなり非常識な会話をしている海棠龍（２６）とシンプソン健太郎（３０）はいとこ同士。龍の父ケンジと健太郎の母マユミが双子の兄妹である。
健太郎にも双子の妹真雪がいた。その真雪は龍と結婚して、今年で４歳になるこれも双子の二児をもうけた。だから龍は健太郎にとって義理の弟でもある。
健太郎自身は高校三年の時から付き合っていた月影春菜（現在３０）と結婚し、家業のチョコレートハウスで一緒に働いている。
健太郎は思春期になった頃、スイミングスクールを夫ケンジと共に経営し、自らもインストラクターとして指導に当たっていたケンジの妻ミカ――つまり龍の母親で健太郎自身にとっては伯母にあたる――に、密かに胸を熱くしていた。そして高二の時、海棠家とシンプソン家がいっしょにハワイ旅行に出かけた時、ミカにその思いを悟られ、童貞を彼女に捧げたのだった。それ以降も、春菜と付き合い始めるまでにミカと健太郎はベッドを共にしたことが何度となくあったのだった。