23章-1
翌日。
美冬は鏡哉の腕の中で目を覚ました。
ぼんやりとする頭を起こすと、自分には鏡哉のシャツが着せられていた。
自分で着た記憶がないということは、また意識を失った時に鏡哉に風呂に入れられたということだろう。
(恥ずかしすぎる……)
頬を染めながら鏡哉の腕から這い出す。
いつもならここで鏡哉が起きて捕まえられるのだが、疲れていたのだろうが規則正しい寝息が聞こえる。
美冬は寝室から静かに出るとバスルームで顔を洗い、手早く朝食の用意をした。
そしてコーヒーを入れるとそれを持って寝室へと戻った。
サイドテーブルにコーヒーを置き、鏡哉の傍に膝を付いてその顔を覗き込む。
鏡哉の寝顔を見る機会は少ない、いつもの彼は睡眠が浅いのだ。
26歳という年より幾分若く見える寝顔に、美冬の口元が綻ぶ。
(かわいい……でも本人に言うのはやめよう)
美冬は昨日のことを思い出し肩をすくめた。
鏡哉の綺麗な顔を心行くまで眺められるのもまた珍しい事だ。
起きて見つめられると恥ずかしくて、目を逸らしてしまうから。
瞼にかかった前髪をよけようと伸ばした手を、いきなり取られた。
「やだ、起きてたんですか?」
驚いて声をかけると、鏡哉の悪戯っぽい瞳と目が合う。
「美冬がにやにやしながら見つめてくるから、昨日の仕返しをされるのかと思った」
「昨日の?」
腕を引かれ、上半身を起こした鏡哉の胸の中に引き寄せられる。
「昨日ひどく抱いたから……体、大丈夫?」
鏡哉にそう言われ、昨日初めて体験した自分からの行為や恥ずかしい体位を思い出す。
あの後も正常位で意識を飛ばすまで抱かれ続けた。
「だ、大丈夫です」
顔を真っ赤にした美冬に、鏡哉が妖しい笑みを零す。
「美冬、とっても素敵だった」
耳元でそう甘く囁かれ、美冬の中心がずくりと蠢く。
しかし次に囁かれた言葉で、美冬は我に返った。
「今夜は私が可愛がってあげる」
(………)
言葉に詰まった美冬は、サイドテーブルからコーヒーを取って鏡哉に渡す。
「ぬるくなっちゃったかも……」
申し訳なさそうにそれを渡す美冬から受け取った鏡哉は、美冬の頭を撫でてくれた。
朝食を食べ終わり片づけをしていると、鏡哉がキッチンに顔を覗かせた。
「……?」
首をかしげた美冬に、ネクタイを首に垂らしただけの鏡哉がそれを指さす。
「結んで」
「え?」
「前に教えてあげたでしょ」
出勤時間は大丈夫かと時計を確認すると、なるほどいつもより早い時間だった。
時間の許す限り美冬をからかって楽しむつもりらしい。
「もう、綺麗にできなくても知りませんよ?」
しぶしぶネクタイに手をかけて、記憶を辿りながら結んでみる。
美冬が悪戦苦闘している様を、鏡哉が面白いものを見るように見下ろしてくる視線が恥ずかしい。
「なんか、新婚さんみたい」
そうからかってくる鏡哉に、美冬は「恥ずかしいから黙っててください」と突っ込む。
しゅるしゅるという衣擦れの音だけがキッチンを満たす。
「う〜ん、これでいいですか?」
何度か失敗しながらも結び終えたネクタイを整えて尋ねる。
鏡哉は目で確認してようやくOKを出してくれた。
「頑張ったご褒美」
そう言った鏡哉は美冬の唇に軽いキスを落とした。
頬を染める美冬の頭を撫でジャケットと鞄を手にすると、鏡哉はキッチンから出て玄関へと移動した。
「じゃあ、行ってくる」
ついてきた美冬にそう言った鏡哉が、がちゃりと玄関の鍵を開けた。
(やだ……!)
このまま鏡哉と離ればなれになるのが耐えられず、胸がギュッと苦しくなる。
美冬はとっさに鏡哉の背中にしがみついていた。
シャツ越しに鏡哉の体温が伝わってきて、彼はここにいるんだと少しだけ胸の苦しみが和らいだ。
(鏡哉さん、離れたくない――!)
「………っ」
「美冬?」
いつまでもくっついて離れない美冬に、鏡哉が心配そうに声をかける。
このままではいつもと様子が違うと気づかれる恐れがあった。
(………っ)
美冬はしぶしぶ腕を解くと、こちらを向き直った鏡哉を笑って見上げた。
「さっきの新婚さんごっこの続きです。行ってきますのチューは?」
精一杯の強がりに鏡哉が破顔する。
「まったく、美冬には敵わない」
鏡哉はそう言うと、腰を屈めて美冬の唇をちゅっと吸った。