23章-2
「行ってきます。早く帰ってくるから」
鏡哉がドアを開けて出ていく。
「行ってらっしゃい!」
照明の暗い廊下に鏡哉が消え、ぱたりと玄関の扉が閉じた。
「………」
静寂が玄関を満たす。
(私、ちゃんと笑えてたよね……?)
美冬は自分にそう問いかける。
鏡哉が自分を思い出すとき、絶対笑顔の自分を思い出してほしかった。
そして美冬も彼を思い出すとき、先ほどの破顔した鏡哉を思い出すだろう。
目頭が熱くなり涙が零れ落ちそうになったが、美冬は上を見て頭を振る。
泣いている暇はなかった。
美冬は踵を返すと朝食の片づけと部屋の掃除を済ました。
自分の部屋で忘れ物がないか確認し、クローゼットの前で立ち止まる。
鏡哉から送られた服はすべて置いていくことに決めていた。
しかしその中でこれだけは手放したくないと思った誕生日プレゼントの白いワンピースだけが、心残りだった。
美冬は逡巡した後、ワンピースを取出して丁寧にたたむと、小さなスーツケースの中にしまった。
マンションを出て、電車を乗り継ぎ羽田空港へと向かう。
平日だが空港にはある程度の人が行き来をしていた。
搭乗手続きをしスーツケースを預けると、搭乗口へと向かう。
窓の近くに座って待っていると、残暑の強い日光がじりじりと肌を焼いていく。
席を移ろうかと思った頃、搭乗が開始された。
乗客はまばらだった。
窓側の席で小さな窓から外を覗き見る。
そう言えば飛行機に乗るのは小学生ぶりだ。
少し不安が胸をよぎる。
息を吐き出し、瞳を閉じた。
徐々に重力が掛り飛行機が離陸していく。
長い間離れたことのなかった東京から離れていく。
鏡哉と過ごした東京から離れていく。
膝の上で握りしめていた掌に冷たさを感じ、目を開くと濡れていた。
いつの間にかこぼれていた涙を手の甲で拭うと、美冬はまた眼を閉じた。
(さよならだ、これで本当にさよならだ。
愛してる。
信じてる。
だから、本当にさようなら――)