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籠鳥 〜溺愛〜
【女性向け 官能小説】

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17章-1



 部屋で過ごし始めて半月。

 美冬は今、一つの墓石の前で目を瞑って手を合わせていた。

 鳥のさえずりと風の音しか聞こえない、高台の静かな霊園の一角。

 紺色のシャツワンピースから伸びた手足を、9月の熱い日差しがじりじりと焼いていく。

「………」

(お父さん、お母さん、なかなか会いにこれなくてごめんなさい)

 返事の帰ってこない両親に対し、心の中で語りかける。

(今日は、鏡哉さんと来たんだよ。私の、大事な愛おしい人――)

 美冬は瞼を上げ、数メートル離れたところで高台から見える眼下の街並みを見つめている鏡哉を振り返る。

 残暑厳しいのに黒のシックなスーツをびしりと着こなしている。

 鏡哉は普段黒いスーツは着ない。

 それからでも彼の気遣いが分かる。

(私は今、幸せだよ――)

 美冬の長い黒髪を、びゅうと吹いた突風が撫でていく。




  

「鏡哉さん、お願いがあります」

 朝食を食べていたとき、美冬が静かに口を開く。

「なんだい?」

 鏡哉は美冬の用意した出し巻を咀嚼し、飲み込んでから口を開く。

「……今週、外出したいです」

 恐る恐る申し出た美冬のお願いに、鏡哉の箸が止まる。

 それは今の二人にとって、タブーだった。

 言ってはいけない禁句のようなものだった。

 この部屋に戻って以降、美冬は鏡哉に言われたわけでもないのに自分からこの部屋を出ることも、出たがることもなかった。

 鏡哉がそれを望んでいないことが、痛いほど分かったから。

「………」

 箸置きに箸が置かれる。

 俯いた美冬からは鏡哉の表情は読み取れない。

 いや、怖くて見ることができなかった。

 いつもの美冬なら、この沈黙に耐えられなくて自分から折れたはずだ。

 しかし、今回は譲れない。自分にとってはとても大事なこと――。

 数十秒の沈黙の後、  

「……どこへ行きたいの?」

 向かいの鏡哉から感情の見えない、静かな返事が返ってくる。

 美冬は勇気を振り絞って顔を上げる。

「……墓参り、です」

 そう言った途端、鏡哉の顔色がごく一瞬さっと変わった。

 血の気が引いたような、白く感情の見えない表情。

「………」

 その表情はすぐに消えたがびくりとも動かなくなった鏡哉に、美冬は何か言ってはいけないことを言ってしまったのかとハッとする。

「鏡哉さん――?」

 心配になって呼びかけた美冬に、鏡哉がぴくりと動く。

「……そうか、もうすぐ命日だったな。悪い、気付いてやれなくて」

 そう言った鏡哉の表情はいつも通りの優しいものに変わっていた。

 美冬は小さくかぶりを振る。

「今週末でいいか? 一緒に行こう」

「え? だ、大丈夫ですよ、一人で」

 まさかそう帰ってくるとは思わず、美冬は謙遜する。

「いいんだ。美冬の両親に、まだご挨拶していなかったからね」    

 ふわりと笑って美冬の頭を撫でた鏡哉に、美冬は破顔して頷いた。







 そして週末の現在に至る。

 美冬の髪を撫でた風がまるで彼女の気を引こうというように、くるりとその髪を巻き上げる。  

 両親の墓を背に鏡哉を見つめて物思いにふけっていた美冬は、はっとして墓に向き直った。

(ごめん、お父さんお母さん、また来る)

 美冬はそう言ってさっと手を合わすと、くるりと踵を返した。

 砂利のひかれた墓地の道を、鏡哉に向かってゆっくりと進んでいく。

 近づくと眼下の街を見ているのだと思っていた鏡哉だが、その視線はその先に広がる海岸線の彼方を見つめているようだった。

 その横顔が今までに見たことのないもので、美冬は急に意味の分からない不安に襲われる。

 ぎゅ。

 美冬は鏡哉の背中からその腰に腕を絡ませ、抱きしめる。

 鏡哉にこちらを見てほしくて。

 鏡哉がどこにも行ってしまわないよう、繋ぎ止めるように。

「美冬?」

 腕を緩めない美冬に、鏡哉がそのままの体制で美冬に問いかける。

「早かったね、話終わった?」

 美冬はゆっくりと力を抜いて、頷く。

 振り向いた鏡哉がくしゃりとその頭を撫でる。



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