14章-1
暖かい。
夏だというのに少し寒いくらい冷房のかかった寝室は、薄手の羽毛布団くらいがちょうど心地よい。
美冬は身じろぎすると、頬に感じたすべすべした何かに縋り付く。
そこからはいい香りがし、とても静かな鼓動が伝わってきて美冬はほっとする。
(気持ちいい、ずっと、こうしていたい――)
夢なのか現実なのか区別ができないそこで、美冬は惰眠を貪る。
「そんなに煽るな、美冬」
耳元で甘く囁く誰か。
「……うぅん?」
(あおる? ……煽るって――)
その単語に美冬は急速に現実に引き戻された。
ぱちりと瞼を開けると、目の前に鏡哉の肌があった。
きれいに隆起した胸筋に、すべすべの肌。
はっと覚醒し上半身を起こそうとすると、鏡哉に腕を引っ張られてベッドに倒される。
「まだいいよ、起きなくて」
まだ眠たそうな声でそう言った鏡哉に対し、美冬はもう目が冴え冴えと覚めていた。
壁にかかっている時計を見ると、6時を指している。
「鏡哉さん、今日仕事は?」
「うん? 朝から」
「じゃあ、もう起きなきゃ」
「ん〜〜、じゃあ美冬がキスしてくれたら、起きる」
「え゛……!」
突然意地悪なおねだりをした鏡哉に、美冬は変な声を上げる。
「ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ?」
鏡哉は肩肘をついてそこに頭を乗せた状態でにやにやしながら、美冬のことを待つ。
本人は意識していないだろうが、その姿は壮絶に色っぽい。
「む、無理ですよ!」
美冬は頬を赤らめて鏡哉から視線をそらす。
「しょうがないなあ」
鏡哉はそう言ったかと思うと、美冬をベッドに組み敷いた。
「キスしてくれないと、仕事休んで一日中美冬を抱き潰すけど、いいの?」
その脅しに美冬はびくつく。
鏡哉は一度美冬を抱き始めると、本当に美冬の腰が立たなくなるまで抱き潰す。
そうすると美冬は鏡哉の膝の上でご飯を与えられ、風呂に入らされ、悪戯され――とにかくとても恥ずかしい状態になるのだ。
「よ、よくないです、よくない!」
美冬はしょうがないと腹をくくると、待っている鏡哉に顔をゆっくりと近づける。
キスしやすいように顔を斜めに向けると、唇が触れるか触れないかのところで唇を離した。
「ぷ、くすくすくす」
何故か鏡哉が笑い出す。
「な、なんですか! キスしたじゃないですか!」
美冬は熱くなった頬を両手で隠し、訴える。
「まったく美冬は教育のし甲斐があるな。キスといえばせめて――」
鏡哉が屈んで美冬の唇に自分のそれを重ねる。
柔らかいそれに表層を啄まれると、美冬の心臓がトクトクと高鳴る。
舌で下唇を撫で上げられその気持ちよさに吐息を漏らすと、その唇の隙間から鏡哉の舌が入り込み――と思ったがそれは引き抜かれて、ちゅっと音を立てて美冬から離れた。
「まあ、これくらいのキスはしてくれないとね」
美冬は薄く唇を開いたまま、鏡哉をぽーっと見上げてしまう。
「うん? もっとされたかった?」
鏡哉が意地悪そうな笑みでそう聞く。
我に返った美冬はぶんぶんと首を振る。
「ふ、これ以上したら止められなくなるからね」
そうさらりと言った鏡哉は、美冬の瞼の上にチュッとキスを落とし、上半身を起こした。
上掛けがさらりと落ち、引き締まった腹筋が露わになる。
鏡哉は寝るときは何も身に着けない。
美冬はぱっと視線をそらすと、ようやくベッドから抜け出した。
自分の着替えがないので鏡哉の白いシャツを借りていたのだが、このままでは足が丸見えだ。
鏡哉から送られたワンピースの数々はあるがそのどれもが上質のもので、朝食を作っていて汚してしまったら大変なことになる。
美冬はしょうがなくシャツの上からエプロンをつけ、キッチンで朝食の準備をしだした。
シャワーを浴びたらしい鏡哉が、バスローブを羽織ってキッチンにやってくる。
「今日は何?」
「鏡哉さんに教えてもらった、トマトのオムレツにします」
美冬はそう言いながら、フライパンの柄をトントンと叩く。
そうすると綺麗にオムレツが出来るのだ。
皿に盛りつけて鏡哉のいるダイニングに運ぶと皿をテーブルに置いた瞬間、鏡哉に腰を絡め捕られた。
「そんな恰好で、朝から私を誘惑しているのか?」
シャツからむき出しの太ももを撫で上げられ、美冬の体がピクリと反応する。
「違います! だって着替えがないんだもん。鏡哉さん、アパートに荷物取りに行ってもい〜い?」
美冬はなるべく可愛く見えるようにそう言い、上目使いに鏡哉におねだりする。