14章-2
そうでもしないと、鏡哉がこの部屋から外に出るのを許してくれそうにないのだ。
「駄目だよ、そんな可愛い顔しても」
鏡哉は美冬の頬に口づけする。
「その代り業者のものに荷物を取りに行かせる。アパートも解約してくる」
有無を言わせぬ勢いで、鏡哉はそう口にした。
「バイトも断るんだよ、いいね?」
鏡哉の瞳が真剣で、美冬はとっさに頷いた。
「いい子だ」
満足そうに微笑んだ鏡哉は、美冬を開放すると朝食を食べ準備をして会社へ出かけて行った。
翌日には美冬の荷物がアパートから届けられ、美冬は前のように自分にあてがわれた部屋に荷物を片付けた。
ひと段落して入れた紅茶に口を付ける。
ふうと細い息が小さな口から洩れる。
(こんなことになるなんて――)
美冬は困ったように首を竦める。
一大決心をして出て行ったはずの鏡哉のマンションに、数日もたたないうちに戻ってきてしまった。
元々出て行った理由が鏡哉が部屋に帰ってこなくなったのと、鏡哉に恋してしまった自分が苦しくて――だったのだがその二つが解決してしまった今、鏡哉が言うようにこの部屋から出ていく必要はない――筈だ。
「………」
(高校、辞めるんだ、私――)
バイトでどれだけ疲れても眠くても、休まずに通い続けた高校。
いつも忙しい美冬は親友と呼べるほど仲良い友達がいたわけでもないが、それでも何人かのクラスメートと一緒にお昼を食べ、くだらない事で笑いあったりした。
「………」
気分が沈み視線が落ちる。
(これで、本当にいいのだろうか?)
自問自答して瞼を閉じた美冬だったが、はっとして瞳を開くとぶんぶんと首を振った。
『私たちは愛し合っているんだ。駄目なことなんて何もない――』
愛する鏡哉がそう言ってくれたのだ。
両親なき今、美冬が唯一心を預けられる、愛しい人――。
(これ以上何を望むことがある?)
「………」
美冬はパチンと両手で頬を叩くと、勉強に取り掛かった。
週末は好き。
鏡哉が付き切りで勉強を見てくれる。
大検の勉強はもちろん大学受験の勉強もしなければならない美冬は、鏡哉の勧めもあって予備校の通信講座を受講し始めた。
分からないことがあると、鏡哉が噛み砕いて教えてくれる。
それと同時に帰国子女である鏡哉は、美冬に英語の家庭教師もしてくれる。
上手く発音すると褒めてくれるし、英語で口説き文句など言われた日にはうぶな美冬は卒倒しそうになってしまう。
運動不足になるといけないからと、土曜の夜中はマンションのジムにある温水プールを貸切にしてくれた。
あまり泳げない美冬は少し泳ぐと休憩し、鏡哉の美しいフォームの泳ぎを見て過ごす。
見蕩れていると「こら、運動しろ」と鏡哉に怒られ、プールの中に引きずり込まれる。
水中でキスをするのはちょっと苦しいからやめてほしい。
たまに背中に美冬を背負って泳いでくれるのが気持ち良くて、美冬は大好きだった。
そしてまだ幼い美冬のビキニ姿を見て欲情した鏡哉が、ビーチベッドの上でことに及びそうになるのを、美冬はいつも抑えなければならなかった。
プールから戻ると、鏡哉は決まって美冬を朝まで抱く。
「塩素の匂いがする」
ちゃんとシャワーを浴びたはずなのに、美冬の首元に顔を埋めた鏡哉はなぜか嬉しそうにそう言う。
そしてそういっている間にも、両手で美冬の細すぎる体を愛撫していく。
「塩素の匂いって嫌いじゃないんだ、なんか、禁欲的な感じがして――ドキドキする」
鏡哉はそう言って美冬の左胸の上で掌を止めた。
自分の加速する鼓動を感じとられていると思った美冬は「やっ」っと身じろぎする。
(そんなこと考えるなんて、鏡哉さんだけだよ)
美冬は心の中でそう突っ込む。
それに気づかれたのか鏡哉が自分の胸を美冬の鼻の近くに寄せる。
「塩素の匂いしない?」
美冬はくんくんと嗅いでみる。そう言われると微かに塩素の匂いがした。
その途端、どくりと胸が高鳴った。
「まるでプールで美冬を抱いてるみたいだ」
鏡哉はそう言いながら美冬の肌を嗅ぎながらキスの雨を降らせていく。
美冬は恥ずかしくなってやめてと懇願する。