虹美ヶ丘の家-1
「本当に素敵!絵本の中に出てくるシンデレラ城みたいじゃない? こんなに可愛い家、海外でも見たことないわ」
「すごい、あのシャンデリア! このおうちだからこそ似合うのね。ねえ、そう思わない? 理奈ちゃん」
「ああ、ええ……そうね」
急に名前を呼ばれたわたしは、口の中に含んだワインを飲みこんでしどろもどろになりながら返事をした。
平日の午後。
むせ返るような化粧品と香水の匂いの中、めいっぱい着飾った女たちが集い、口々に完成したばかりの友人の自宅をほめちぎっていた。
キンキンと耳に障るかん高い声。
内装や家具を値踏みする粘りつくような視線。
そういった言動にいささかうんざりしながら、もちろんそんなことはおくびにも出さず、わたしも同じように話を合わせておく。
感心したようにうなずいたり、いかにも興味があるふりをしてみたり。
暗黙の了解、右へならえ。
自分の本心など、どうあっても関係ないのだ。
できるだけ悪目立ちしないように、そしてその場の空気を損なわないように。
女子高生であろうと、こんな三十路前の主婦たちの集まりであろうと、女同士の中でうまくやっていく方法にほとんど違いはない。
都心から少し離れた郊外『虹美ヶ丘』という落ち着いた場所に、学生時代からの友人、早坂美穂の自宅が完成したのはつい最近のことだった。
数百坪はあろうかという広々とした庭園に、まさしく『白亜の城』という表現がぴったりくる外観の建物がそびえたっている。
なんでも美穂の御主人がファンタジー好きの妻のために、白馬の王子様よろしく夢を叶えてくれたらしい。
今日は午後からこの豪勢な家のリビングに集まり、友人4人で新築祝いのパーティーを催している最中だ。
鏡のように磨き抜かれた大理石の壁や床、あちこちに飾られたアンティークな調度品の趣味も良く、あまりの凄さにため息しかでてこない。
「うらやましいな、こんなに素晴らしい家を建ててくれる優しいご主人がいて。わたしの家なんて、ほんとちっぽけなものよ」
「茜ちゃんがそんなことを言ったら、わたしなんてどうしたらいいの? あんな小さなマンションなのよ、情けなくて涙が出てきちゃう」
有名な高級住宅地に大邸宅を構えた山峰茜が肩をすくめると、都心に最近できたばかりの超高層マンションをビルごと所有し、最上階に暮らす泉野由紀が大げさに悲しげな表情をつくってみせる。
あらそんな、わたしのほうが。
いえいえ、わたしだって。
意味のない予定調和のようなやりとりが繰り返される。
いちいち口にせずとも、みんなわかっているくせに。
ここに集うわたし以外の3人とも、年間に数億円以上を稼ぎ出す配偶者を持ち、金と暇を持て余した『選ばれた人種』であることを。