虹美ヶ丘の家-6
『友達だと、思っていたのに……』
どこかから、膜のかかったような美穂の声が聞こえてきた。
にぎやかだった部屋の空気が、シンと静まり返る。
『いつも、変だなって思っていたの。でも、みんなのこと信じたかったのに』
あたりを見回して声の方向を探ると、天井の隅に小さなスピーカーらしきものがあった。
その横には、小さなカメラのレンズのようなものが埋め込まれている。
まさか。
……全部、聞かれていた?
見られていた?
頭の中が真っ白になる。
「ち、ちがうのよ。誤解よ、美穂ちゃん。あのね、全部ほんとうは理奈ちゃんが」
「そう、そうなのよ、理奈ちゃんの悪戯なの、わたしたちもあんなこと言いたくなかったんだけど」
見苦しい言い訳を重ねるふたりが、ひどく滑稽にみえた。
美穂は、それほど馬鹿じゃない。
きっと、もう全部わかっている。
『ごめんなさいね。もう、あなたたちとはお友達でいられないわ』
『もしかしたら、とは思っていたの。でも、やっぱり』
『長いお付き合いだったのに、残念ね』
どこか悲しげな声。
それに、ぎ、ぎ、ぎ、と妙な音が混じり始める。
真上にあるシャンデリアがぐらんぐらんと揺れ、だんだんとこちらへ近づいてくる。
ひっ、と悲鳴にならない声を出して、茜が後ずさりした。
「て、天井が……」
天井がじりじりと下がってくる。
驚きのあまり、動くこともできなかった。
普通の家よりもずっと高い位置にあったはずの天井が、もうわたしたちの頭すれすれの位置まで下りてきている。
足がガクガクと震え、立っていられなくなってひざをついた。
手足の指先がひんやりとして、うまく体温調節ができない。
のどの奥が干上がっていく。
味わったことのない種類の恐怖を感じる。
怖い。
怖い。
背を屈めた後も、天井は下がり続けていた。
ミシ、ミシ、と音を立てて豪奢なテーブルがひしゃげていく。
バリン、バリン、と背の高い花瓶や飾り棚が破壊される。
わたしたちは季節を間違えて出てきた虫のように、不格好に床に這いつくばりながら叫んだ。
「助けて! わ、わたし、あの、ごめんなさい!」
「あ、謝るから! ねえ、美穂ちゃんやめて!」
「こんなことして、後でどうなるかわかってるの!?」
『許さない。どうせ、あなたたちは同じことを繰り返すもの』
『大丈夫よ、今日はあなたたちはここに来なかった。せっかくパーティーの用意をしていたのに。誰かが探しに来たら、そう言ってあげるわ』
『後始末はまかせておいて、この家はとても広いのよ。それにわたし、こういうことには慣れているの』
あなたたちが、初めてじゃないから。
「い、いやっ! ねえ、助けて、なんでも言うこと聞くわ」
「お願い、家に帰らせて! もういじわるなんてしないからあっ!」
背中に、尋常ではない圧迫を感じた。
ぐ、ぐっ、と体が押し潰されていくのがわかる。
わたしはただ、彼女たちと友達でいたかっただけなのに。
華やかでいつも綺麗な彼女たちと。
どこで間違えてしまったのだろう。
いったい、どこで。
最後にわたしは、自分の頭がい骨が歪められていく音を聞いた。
(おわり)