虹美ヶ丘の家-4
バシャン、と派手な音を立ててクリスタルのグラスが粉々に砕け散る。
わたしはただ壁にもたれたまま、黙ってその欠片を眺めていた。
茜が苛立ちを隠そうともせず、ドサッと乱暴な調子でソファに腰を下ろす。
「なんなのよ、あの子。ほんと、昔から嫌みなところだけ変わらないんだから」
「ね。今日だってこんな妙な城みたいな家、わたしたちにみせびらかすためだけに呼んだのよ」
由紀が宝石が散りばめられたハイヒールの踵をコツコツと鳴らしながら、いかにも腹立たしそうに部屋の中を歩き回る。
ああ、また。
美穂が席を外すたびに、ふたりはこうして豹変する。
学生時代から、これも見慣れた光景だった。
心の中に汚泥のように溜まった嫉妬心をぶちまけ、ときにはこうして食器や家具などに八つ当たりをし、その結果壊れたものはすべてわたしのせいにされる。
『理奈ちゃん、ちょっと転んで壊しちゃったみたいなの。でも責めないであげてね』
『わたしたちが弁償するわ。理奈ちゃん、次から気をつけましょうね』
何度も何度も、こんなことがあった。
それも別にどうでもいいことだった。
ほんのちょっとした嘘。
それだけでこのグループの中に存在できるのなら、それでいいと思ってきた。
どうせ今日も、わたしが酔っぱらってつまずいたとでも言うのだろう。
「このまえの絵画展だって、美穂さえいなければわたしが一番になれたはずなのに。ねえ、そう思うでしょう? 理奈ちゃん」
わたしは人形のように、こっくりと首を縦に振る。
茜は嫌な笑みを顔にへばりつかせたまま、ぎゃあぎゃあと大きな声でわめき始める。
あの子さえいなかったら。
なんでも一番ならいいってもんじゃないのよ、人のことを馬鹿にして。
どうせ、内心ではほくそえんでるに違いないわ。
『あの子たちは、わたしにかないっこないんだから』って!
美穂が他人のことを悪く言うのを、実際には一度も聞いたことが無い。
それでも、やっぱりわたしはウンウンとうなずく。
由紀がせっかく綺麗に梳かした自慢の黒髪を振り乱し、般若のような形相でドンドンと壁を叩く。
「社交ダンスのときだってそうよ、あれだって美穂がいなければわたしが優勝できたのに。あのときの衣装も、わざとわたしより高価なものを用意したのに違いないわ」
「わかるわ、その気持ち。少しくらい、わたしたちに譲ってくれたっていいじゃない。ほんと、嫌みな女よね」
あのときだって。
そういえば、こんなこともあった。
茜と由紀はいつしか頬を緩ませ、嬉々として美穂の悪口を吐き出し続ける。
ふたりのよく動く口から、真っ黒な汚水が流れ出るのが見えるような気がした。
歳を重ねるごとに、このふたりは美穂への不満を募らせていくようだった。
昔は、美穂が近くにいるときにここまで荒れることはなかった。
怒りの導火線が、年々短くなっているのかもしれない。
結婚してからは、特にこういうことが増えた。
おそらく、結婚してからある程度は妻としての役割を果たすことを求められる自分たちと違って、美穂が相変わらず自由気ままに暮らしているのが気に入らないのだろう。
美穂の夫は、基本的には海外に赴任していてあまり戻ってこない。
ありあまる自由な時間を、美穂は相変わらずさまざまな趣味に費やして、あらゆる分野で本格的に成果を出しつつある。
さんざん悪口を言い尽くした後、クスッ、と小さく由紀が笑った。
「でもね、あのときすごく痛かったと思うのよ。美穂ちゃんの足」