7章-1
(なに……何が、起こったの……?)
一人寝室に取り残された美冬は、思考がまとまらず呆然とその場で固まっていた。
(鏡哉さんは、私を、抱こうとしたの――?)
性に疎い美冬でも先ほど施された行為が、男女の性の営み――SEXだということは分かる。
そして痛がった美冬に気づいて、途中で鏡哉がその行為を止めたことも。
どうして――。
(どうして? なんで……? 何がどうしてこんなことになってしまったの?)
まだ二人はお互いの気持ちを確認しあったわけではない。
美冬とて、数日前に鏡哉に対する自分の恋心に気付いたくらいなのだ。
なのに、どうして。
「……わたしの、せい――?」
美冬は自分の唇に指を触れる。
あの時――初めて鏡哉に口移しで薬を飲まされたとき、
『ごめん。でもこれは、美冬ちゃんのファーストキスじゃないから――』
そう言われ、美冬は泣き出したいほどショックを受けた。
美冬にとってあれは紛れもなくファーストキスだったのだ。
それも大好きな鏡哉との、大切な、初めてのキス。
それなのに鏡哉はそうじゃないと言ったのだ。
悔しかった。
どうやっても鏡哉には自分が子供にしか映らないんだと、思い知らされた。
だから、せがんでしまった。
本当のファーストキスを――。
美冬はあの時、必死な思いで鏡哉のシャツの袖を握ったのだ。
鏡哉がそれに答えてくれたのは、死ぬほど嬉しかった。
そして美冬は心の中で、もうキスじゃないなんて言わせないと思った。
しかし、事態は思わぬ方向へ動いた。
鏡哉が自分の体をまさぐり始めたのだ。
(たぶん、私のせいだ――男の人って止まらなくなるって聞いたことある)
「くしゅんっ」
急に寒気が襲い、美冬は大きく身震いする。
気だるい体を起こすと、自分のあられもない姿を見て眩暈がした。
(こんな恰好、鏡哉さんに見られてたなんて! あ、穴があったら入りたい――)
ネグリジェを元に戻すと、美冬はがっくりと項垂れた。
しかしそれも長くは続かなかった。
寒くて体の震えが止まらなかったのだ。
「お風呂……入ろうかな」
寝汗もかいているみたいで、ネグリジェはしっとりと濡れていた。
美冬はだるさを我慢しながらベッドから降りると、寝室の扉をゆっくりと開いた。
リビングへ向かうが、案の定、鏡哉はいなかった。
先ほどから物音がしなかったので、なんとなく外に行ったのだろうと思っていた。
美冬はジャグジーを沸かそうとバスルームに入ると、そこにはすでに湯が溜めてあった。
「鏡哉さんが……?」
鏡哉の不器用な気遣いに頬が緩む。
ネグリジェを脱いでジャグジーにつかろうとした美冬は、鏡に映った自分の体を見て小さく悲鳴を上げた。
「や、やだ……」
白く頼りない美冬の肢体には、幾つもの赤い跡が残っていた。
顔がみるみると火照る。
「鏡哉さんの……所有の証し?」
前に頬や額にキスされたとき、なぜキスするのかと問うたところ、鏡哉は『所有の証し』とうそぶいていた。
胸につけられた一つにそっと指先で触れる。
「鏡哉さん……好き――」
気が付くとそんなことを口走っていた。
美冬は我に返ると恥ずかしくなって、急いでジャグジーの中に飛び込んだ。
(そうよ。要するに、鏡哉さんに本当に自分を好きになってもらえればいいだけの話よね!)
お風呂から上がりさっぱりした美冬は、いつになく前向きになっていた。
体温計で体温を測ってももう36度に下がっていたし、体も幾分楽になった。
鏡哉の寝室のシーツを変え、冷蔵庫にありあわせの材料で夕飯を作る。
作り終えて時間を見ると20時になっていた。
「鏡哉さん、会社に行ったのかな?」
今日一日自分の看病をしてくれていたのだ、きっと会社に行って仕事をしているに違いない。
美冬はまだ食欲がなかったのでお昼のリンゴの残り半分を食べながら、リビングのソファーでテレビを見るともなしに見ていた。
しかし気を抜くと、二日分の睡眠不足の睡魔が襲ってくる。
いけないとは思いながらも、美冬はそのままソファーで眠り込んでしまった。
ピピピピ。
目覚ましのアラーム音。
気が付いてアラームを止め時間を確認すると、朝の7時を回っていた。
「わあ!」
(寝過ごしちゃった! って、あれ、私、いつの間にベッドで寝てたんだろう?)
そこは自分の部屋だった。