6章-2
年相応のピンク色の可愛らしいブラを外すと、上からネグリジェを着させていく。
スカートも脱がせ着替えさせ終わると、ベッドの中に横たえて上掛けをかぶせてやった。
当たり前だがこんな早い時間から医者が手配できるはずもなく、鏡哉は困って取りあえずベッドに腰を掛けて、美冬の顔を覗き込んだ。
まだ意識が戻らないらしく、寝息も細い。
(どうして眠れなかったのだろう?)
蒼白な美冬の頬をさわりと撫でる。
まるで生気のないその様子に、胸がぐっと詰まった。
(……代われるなら変わってやりたい)
愛おしいこの子の苦しんでいる姿は、出会ったころにいやというほど見た――もう見たくなかった。
わざとゆっくり時間が過ぎていくように感じるほど、時間がたつのが遅かった。
8時になって携帯電話が鳴り、高柳がもうすぐで医者とそちらに着くという連絡を貰い、ようやく鏡哉は安堵の息を吐いた。
「おそらく、睡眠不足からくる過労でしょうね。扁桃腺やリンパも腫れていないし、風邪やインフルエンザではないと思います。熱はどちらかといえば、知恵熱? のようなものですね。起きたら水分を取らせてくださいね。」
朝早くから呼び出された女医は会社の産業医だったが、そう診断すると少量の睡眠薬の処方箋を置いて帰って行った。
「知恵熱って……あの子供がよくなるやつですよね」
部屋に残っている高柳が尋ねる。
「ああ、美冬はまだまだ子供なんだな」
「そんなことは、ないと思いますが――」
そう呟いた高柳は、なんだか可哀想なものを見るような目で美冬を見つめていた。
「なんだ?」
「いえ――社長、あまり美冬ちゃんをいじめてはいけませんよ」
呆れたようにそう忠告してくる高柳に、鏡哉はむっとする。
「美冬が倒れたのは、私のせいだと言うのか?」
「それ以外思い当りません」
普段からはっきりものを言う高柳は、鏡哉の目を見てはっきりと断言した。
「……私の何がいけない?」
そう真面目に問い返した鏡哉に高柳はわざとらしく大きなため息をついた。
「そんなこと、自分で考えてください。では私は会社に戻りますので。社長は今日は一日休暇にしておきますので、十分看病してあげて下さい」
「おい、こら高柳――」
呼び止めるの声を無視して、高柳は部屋を出て行った。
昼過ぎ。
美冬のベッドの隣でパソコンをいじっていた鏡哉は、彼女が瞼を上げたのに気づいた。
「……ここ、は?」
美冬が掠れた声でそう呟く。
「私の部屋だ。気が付いたか」
腰を上げてベッドの傍に寄ると、まだ視点が合わないのか美冬が瞼をぱちぱちと瞬く。
「わ、たし――?」
「睡眠不足と過労で熱を出して倒れたんだ」
「……たおれ、た?」
「ああ、解熱剤を飲ませたいんだが、何か食べられるか? おかゆとか」
美冬は眉間に皺を寄せてふるふると首を振る。
「リンゴは?」
「……リンゴ、なら」
「待ってなさい」
たどたどしく答える美冬の頭をなでると、鏡哉はリンゴをむきにキッチンへと行った。
慣れた手つきでリンゴを剥き、一口大に切る。
ペットボトルのミネラルウォーターとをトレイに乗せて寝室へと戻った。
美冬はボーっと天井を見つめて横になっていた。
ベッドヘッドにクッションを重ねて上半身を起こさせると、美冬の口に小さなリンゴを含ませてやる。
ゆっくりとしゃくしゃく咀嚼する姿が、リスのようで可愛いと鏡哉は思ってしまったが、口にはしなかった。
リンゴ半個分を食べ終えた美冬は、もう食べられないと謝ってきた。
「薬あるから、口あけて」
「あ、自分で――」
「いいから」
口を開けろと促す鏡哉に、美冬がおずおずと口を開く。
赤い舌の上に錠剤を乗せてやると、鏡哉はペットボトルの水を自分であおった。
「……?」
不思議そうにこちらを伺う美冬の顎を指先で掴むと、彼女の唇に自分のそれを合わせた。
「ぅんっ!?」
口移しで水を含ませると、ゆっくり唇を離す。
美冬は零れ落ちそうなほど大きく瞳を見開いていた。
「飲んで」
そう言うと、口の中の物をこくりと嚥下する。
(確か、水分を一杯とらせろって言ってたよな)
女医の言葉を思い出し、鏡哉はまた水を口に含む。
美冬の顎をつまむと、ぴくりと肩が震えたように見えたが、気にせず唇を合わせた。
水で潤んだ美冬の唇が、しっとりと鏡哉のそれを押し返す。
唇を離すと、美冬の潤んだ瞳と目が合う。
泣きそうなその表情に、はっと気づいた鏡哉は頭を撫でて口を開いた。
「ごめん。でもこれは、美冬ちゃんのファーストキスじゃないから――」