4章-3
「連絡しておいたものを頼む」
鏡哉がそう店員に言うと、美冬の前に一人の女性店員が立った。
「お嬢様、どうぞこちらへ」
(……? 鏡哉さんが買い物終わるまで、ほかの部屋で待ってるのかな?)
美冬は促されるまま、扉の向こうへ向かう。
そこは広いフィッティングルームのようで、鏡の前には一着の白いワンピースがかけられていた。
「背中のファスナーはこちらでお上げしますので、着替えられたらお声掛けくださいね」
自分の置かれた状況が把握できない美冬は「はあ」と間抜けな返事をして、出ていく店員を見送る。
パタン。
(って、「はあ」じゃないでしょ私! なんで私がこんな服着なきゃいけないのよ?)
そこで美冬ははたと気づいた。
鏡哉は美冬のために服を買って帰ってくることが頻繁にある。
美冬のクローゼットはいつ着るんだと思うような、ワンピースなんかが溢れている。
今回もそうなんだと合点がいき、美冬はフィッティングルームの扉を開こうとした。
しかし――。
(ひ、開かない)
「美冬ちゃん、着替えないと一生この部屋から出してあげないよ」
扉の向こうから、鏡哉の脅迫が聞こえる。
どうやら扉の向こうから、鏡哉がドアノブを開かないよう握っているようだ。
「き、鏡哉さん、ずるいっ!」
「ほら、早く着替えないと、入っちゃうよ」
「わあ、ダメですったら!」
美冬はあわててセーラー服を脱ぎ去り、白いワンピースに袖を通す。
(す、すごい肌触り)
シルクらしいそれは、肌に吸い付くように気持ちいい。
ちょっと感激してしまった美冬は、鏡に自分を映し見入ってしまった。
コンコン。
「お嬢様、入りますよ」
「は、はい」
先ほどの店員が中に入ってきて、ファスナーを上げてくれた。
「ガーターストッキングをお付けになり、この靴をお履きになって外においでください」
「はあ……」
美冬はあきらめて言われた通りに履いて外へ出た。
白い華奢なヒールのパンプスは少し歩きにくい。
少し離れたソファーでコーヒーを飲んでいたらしい鏡哉が、長い脚を組み替えてこちらをじっと見つめていた。
「いいね、やはり美冬ちゃんには白が似合う」
そう満足そうに微笑まれ、美冬はこそばゆくなって鏡哉から視線を逸らす。
先ほどの店員に手を取られ、近くのスツールに腰を下ろされる。
なぜか長い髪の毛をブラッシングされ、白いリボンのついたカチューシャをされた。
「完璧だ。カメラ持ってくれば良かった」
いつの間にか傍に立っていた鏡哉がそうつぶやく。
その言葉に店員たちがクスクスと笑い、美冬は顔が火照る。
「鏡哉さん、着せ替えごっこがしたかったんですか?」
「うん。じゃあこのまま行くよ」
(はあ、この人に抵抗しても無理とは分かっているんだけど)
「……なんかよく分かりませんが、今日だけですよ?」
鏡哉の気まぐれに今日一日付き合えば、もう自分に不相応な服の贈り物もやめてくれるだろうと、美冬はあきらめて立ち上がる。
鏡哉はいつの間にかお会計を済ませていたらしく、包んでもらった制服を手に、ブティックを後にした。
履きなれないヒールのためどうしても歩くスピードがゆっくりになってしまう美冬に、鏡哉は付き合ってゆっくり歩いてくれる。
横断歩道を渡ってしばらくすると、一軒の白亜の邸宅が目に飛び込んでくる。
すっかり日が落ちた今、ほんのりとライトアップされた邸宅は、水色のようにも見えた。
鏡哉は迷いもなくすたすたとその邸宅に近づいた。
(え、鏡哉さん、もしかして――)
「いらっしゃいませ、新堂様」
ドアマンが美冬たちにそう挨拶し、扉を開けてくれる。
その先はシックな落ち着いた色合いのウェイティングバーとなっていた。
磨き上げられたアンティークの家具たちが、存在を主張するように光り輝く。
あまりにも自分に不相応な場所に気後れし、美冬はぎゅっと鏡哉の手を握り返してしまった。
「大丈夫、私がいるから」
にっこりと微笑まれ、美冬は成す術がなくすすめられた椅子に腰を下ろした。
「すぐお席にご案内いたしますので、しばらくお待ちください」
光沢のあるスーツを纏ったウェイターが、鏡哉から制服の入った袋を預かり、消えていく。
「き、鏡哉さん。どういうことですか?」
「うん? お腹すかない?」
「す、空きましたけど。こんな所に連れてきてもらう義理はないです。だって、私は――」
家政婦なのに――。
そう言おうととした時、先ほどのウェイターが戻ってきた。