それぞれの思惑-1
「はい、ペンを置いて! 解答用紙を伏せて下さい」
担任教師、平山沙織は試験終了を告げた。
「解答用紙を回収します。 残っている生徒は速やかに退室してください」
最後まで残っていた真奈美と萌美は揃って教室を後にした。
ようやく3日間の学期末試験が終わった。 二人の顔には、ベストを尽くした達成感と疲労が色濃くにじみ出ている。
「まなみぃ・・ やっと終わったねえ。 あたし、頭使いすぎで倒れそうだよぉ・・」
萌美は甘えるような声で真奈美に話しかけた。
「うふふ、メグはホントに倒れそうだね。 赤い顔して、汗かいて」
真奈美は屈託無い顔で萌美に答えた。
「まなみぃ、ホント脳天気なんだから。 疲れてもテンション落ちないしね」
「そんなことないよ。 脳ミソ、オーバーヒートしてフラフラだよ」
「だったら、帰りにコンビニでアイス買ってこ! 公園で食べようよ」
「いいね、メグ。 そうしよっか!」
「わーい、うれしい!」
心から嬉しそうに笑う萌美。 暫く彼女の顔を見つめていた真奈美は、真顔で唐突に切り出した。
「メグは優しいから。 あたしに付き合って、最後まで教室に残っていてくれたんでしょ?」
「え・・」
萌美の顔から笑みが消えた。
「・・だって、まなみ、どんどん変っていく気がして・・」
少し間を置いてポツリと呟いた。 心配そうな表情で見つめる萌美の表情。 真奈美にとって、萌美の反応は意外だった。
「もお、メグは心配性なんだよー。 同じ事何度も聞かされたよ。 あたし、それだけ変わり続けたら、もう別人だよ」
真奈美は軽く受け流そうと平静に努めた。
「・・うん、別人みたいだよ」
萌美の真剣な表情は、むしろ思い詰めたような切実さを帯び始めた。
「え? どうして? あたし、どんな風に変ったかなあ」
「だって以前は一緒に落ちこんだり、悩んでくれたり・・ でも今はいつも陽気なんだもん」
自覚は無いが、長年付き合ってきた幼なじみの萌美にそう言われると、そうなのかも知れない。
「・・でも、それって良いことじゃないの? 暗いよりは」
「あたしは、元のまなみが良い・・」
「じゃ、今は嫌い?」
「そんなこと言ってないよぉ」
ただならぬ萌美の態度に真奈美は次の言葉が出ず、暫く気まずい雰囲気が続いた。
「キミたち、いつも仲がいいよね」
どこから現れたのか突然、真琴が二人の会話に割って入った。
「あ、マコちゃん」
渡りに船とばかりに安堵する真奈美。
「・・・・」
萌美は突然無口になる。
「まなみ、顔貸してくれない? ・・あ、ごめんメグミ。 ちょっと、まなみ借りるね」
真琴は強引に真奈美の腕を引っ張ると、あっという間に萌美の元から連れ去ってしまった。
「あ・・! ちょっと、まなみぃ・・」
萌美は打ち震えるように怒りを顕わにして、二人の背中を目で追いながら呻くように声を絞り出した。
「まことぉ・・ あたしのまなみを・・」
一方、真琴は真奈美の腕を掴んだまま、ぐいぐい引っ張るように道を急いだ。
「どうしたの? マコちゃん」
「うん、実はさ・・」
勿体ぶった口調に、真奈美の好奇心が膨らむ。
「ほら、おととい、毎日好きなだけ来れば良いって言っただろ?」
「あ・・そうだったね、試験終わったらって、条件だったよね・・」
真奈美の胸はドキンと高鳴り、少し顔を熱くした。
そら来た、という感じだ。 出来るだけ平静を装っているが、内心ではこの時を待ち望んでいたのだ。
「じゃあ、これから沙夜子ねえさんの屋敷へ行くんだよね」
期待に胸をときめかせ少し顔が赤らんだ真奈美は、瞳を輝かせながら真琴の顔を眺めた。
「フフフッ。 キミは、すぐ顔に出るね。 可愛いよ」
そう言うと、真琴は立ち止まると突然、真奈美の顔を引き寄せ、唇に軽くキスをした。
「んっ・・ マコちゃん・・」
女の子からの突然のキスにどう反応して良いのか分からず、真奈美は更に顔を赤らめ右手を軽く口に当てたままドギマギしてしまった。
(ますます可愛いよ、まなみ。 食べちゃいたいくらいにね・・)
真琴は、真奈美の手を引くと再び歩き出した。
「そう。 で、これからは何時でも一人で屋敷に入れるように、これからキミの生体認証登録をするのさ」
たちまち真奈美の顔はパアッと明るくなり、笑顔がこぼれた。
「えへへっ、嬉しいっ! あたしも出入りの許可がもらえるんだ。 マコちゃん、ありがとう」
すっかり舞い上がっってしまった真奈美は、逆に真琴の手を引きながら率先して沙夜子の邸宅へと向かった。
・・やがて邸宅へ着いた二人は、正門の脇にある通用口の前に立った。
真琴はキョロキョロと周囲を見渡し、誰も居ない事を確認すると扉の鍵穴を覗き込み、認証を済ませた。
ガチンと施錠の外れる音がして、扉が自動的に開いた。
二人は素早く中へ入ると、扉は自動的に閉まり、再びガチャリと施錠の音がした。
・・暫くして、その様子を隣家の垣根から隠れて覗き込んでいた人影が動いた。
(あたしの、まなみを・・ あんなところへ連れ込んで! 何をしようって言うの、真琴!)
その人影は、真奈美のクラスメイト、萌美だった。 彼女は二人に気付かれないよう、学校からずっと跡をつけて来たのだった。
(この建物は・・ たしか、閉鎖された飼料工場じゃなかったかしら)
萌美はロングヘアをなびかせて、二人が入った通用口へと駆け寄った。
通用口は分厚い扉が閉められ、鍵が掛かっている。 その扉の重量感は、まるで銀行の金庫のようだ。 これでは並の工具では到底開けられないだろう。