それぞれの思惑-3
突然の真奈美の仕草に驚いた萌美だが、その成績表の点数を見て更に驚いた。
38点、16点、24点、40点、8点、32点・・
「まなみぃぃ・・ こ、これ・・」
見たことも無い悲惨な点数に、萌美は真奈美が不憫でならない。 ところが真奈美は、そんな彼女にお構いなしに、あっけらかんとして笑っている。
「ウフフ。 ダメだよね、あたし。 おつむ、動物以下だよねぇ」
真奈美の仕草が気丈に振る舞っているように見えて、萌美は哀れさと悲しさで胸が詰まる思いがした。
「あたし、動物になっちゃったよ・・ 動物は、動物さんに慰めてもらわないと・・ えへ・・えへっ」
「まなみ・・ 壊れちゃたの・・? あたしの・・ まなみぃ・・」
そこへ、全員の成績表を配り終えた担任の平山沙織が近付いてきた。
「芹沢さん、放課後、職員室へ来て下さい」
彼女の真剣な眼差しは、事態がかなり深刻であることを物語っているようだった。
かなり厳しい説教が待っていることを容易に想像できる。
「はあーい」
しかし、真奈美の開き直ったかのような落ち着いた態度とあっけらかんとした返事からは、もう以前のオドオドした内気な性格は微塵も感じられなかった。
「はあ・・ 芹沢さん、あなた・・ 真面目だけが取り柄だったのに・・ 何があったの? 後で本当のこと話してちょうだいね」
肩を落として平山は、そう真奈美に言い残した。
萌美は、すっかり変わってしまった真奈美を呆然と眺めながら、そこにもう今までの彼女の面影はないのだなと思うと、自然に涙が溢れてくるのだった。
キーンコーン・・
給食時間後のホームルームが終わり、下校のチャイムが鳴り響いた。
クラスメイト達は、数人のグループを作りながら次々と教室を出て行く。
「まなみぃ・・ その・・」
席が隣同士の萌美は、隣の真奈美に向かって意を決したように切り出した。
「うん? メグ、どうしたの」
「あたし、まなみが職員室から出てくるまで教室で待ってるから・・」
「あー、長くなるかも知れないよ。 いいよ、先に帰ってて」
「やだよ、あたし、まなみが心配で、心配で・・」
「メグ。 メグが心配性してくれてるのは良く分かってるよ。 でも、必要以上に心配されるのは正直いやだな。 良い子だから。 また明日学校で会おう、ね」
「あ・・ あの、職員室まで・・ 一緒に行きたいの」
いつの間にか慰める側が逆転してしまっている現実。そこに萌美は、自分を置き去りにして加速し始めた真奈美の心の変化を嫌でも感じずにはいられなかった。
(あれ・・?)
二人席を立って、教室の廊下を並んで歩き始めた萌美は、ふと違和感を覚えた。
(近くで並んで立って、初めて気がついた・・ なんだか、真奈美を大きく感じる?)
二人の身長差が大きければ、何も感じなかったかも知れない。 しかし、ほぼ同じ身長の萌美と真奈美では話が別だ。 低い方が少しでも成長すると、一気に目線の位置が逆転する。
(間違いない。 まなみ、あたしより背が伸びてる!)
職員室のドアの前まで来ると、真奈美はメグに別れを告げた。
「じゃ、メグ。 また明日ね!」
「まなみ、あたし待ってる」
「メグ、ありがとう。 でも、いいよ」
そう言うなり、いきなり真奈美は彼女の唇に軽くキスをした。
「んッ!」
いきなり唇を奪われた萌美は、顔を真っ赤に火照らせ、唇を手で押さえた。
「まっ、まっ、まなみぃっ! な、なに・・」
にっこりと微笑みを投げかけながら何のためらいも無く職員室のドアを開け、中に入って行く真奈美の背中を見つめながら、萌美は複雑な心境でその場に立ち尽くした・・
−今年の梅雨明けは例年通り訪れた。 遅くも無く、早くも無い。 強いて言えば、夏休み前に明けてしまったことが悔やまれる。
おかげで暑い中、休日も学校に通って補習授業を受けさせられた。 なにせ落第点が4教科もあったのだ。 担任の平山沙織に言わせれば、前代未聞だという。
「休みの日にも学校で補習なんだ。 おかげで、ここへ来る事が難しくって」
げっそりした表情で、だらしなくテーブルに頭をもたげながら、真奈美はそう嘆いた。
「1教科で5日間も補習があるのに、4教科落とすんだからね。 20日間は大変だ」
あきれ顔で真琴が笑う。
ここは沙夜子の邸宅。 二人が勉強に使っているリビングルームだ。
「今月の終わりには追試があるの。 それで通知簿の成績が決まるんだって」
「ふーん、そうなんだ。 知らなかったよ」
「ええっ、物知りのマコちゃんでも、知らないことあるんだ?」
「追試なんて受けたことないもの、知るわけ無いよ」
「そ、そうだよね、マコちゃん頭良いもんね。 今のは失言でしたッ!」
真奈美は頭の上で手のひらを合わせ、頭を床に着けて拝むようにして謝った。 その滑稽な仕草に、真琴は思わず苦笑してしまう。
「分かった、分かった。 そんなに自分を卑下しなくていいよ。 それより窓の外でお客さんがお待ちかねだよ」
リビングのサッシ窓の外には、黒い大型犬がそわそわしながら歩き回っている。 彼の視線は、明らかに真奈美に注がれている。
その大型犬は、以前真奈美の処女を奪った「ベル」と呼ばれるドーベルマンだった。
「あら、今日はベルさんなんですね」
「フフ、真奈美は人気者だから。 一度に複数匹放したら、犬同士で取り合いの喧嘩になっちゃうからね。 暫くは日替わりさ」
「ああ・・ゾクゾクしちゃうわ。 もお、あんなに股間を膨らませちゃって・・」