ハードル-4
結婚式場は街中のホテルで簡単に決まった。
引出物や料理、花嫁衣装などは千尋の意見を尊重しながら、オレの母親が張り切って仕切った。
応援すると言っていた白石先生も、立場もわきまえずに時間を見つけて付き添ってくれた。多分、興味が半分、自分の時のシミュレーションが半分か。本当に魅力的な先生だ。
千尋が式に呼んでいた中学からの同級生の3人も同行してくることがあった。ワーワーキャーキャーとドレスを決める時には、オレの入る余地など全く無かった。
案内ハガキなどは、オレの父親が率先して段取りをしたので、オレと千尋が呼ぶ来賓のリストを渡して、その他の人選は全部任せた。ただし不確定な要素が有ったので、それはその都度相談した。
まだ高いハードルが残っていた。知子の三回忌にも顔を見せなかった知子の両親だ。しかし身内の少ない千尋のために、是非式には出席して貰いたかった。
台風の夜、よくも千尋を引き取らそうと思ったもんだ。やはりあの時は相当パニクってたんだろうな。今改めて考えてみて、16年の確執の大きさに身震いさえしてしまうほどだ。
千尋を連れて、アポ無しで訪問した。【宮下】の表札の横のインターホンを押して、佐々木と名乗った。
名前以外は、詳しく言わなかったが、昨今のややこしい社会情勢で、それだけで出てくるかは賭けだった。しかし、千尋の祖母の知津子は怪訝そうにしながらも顔を出してくれた。
知子の葬儀の時以来見ていなかったが、応対に出てきた知津子は一気に老けた印象を受けた。
「どちらの佐々木さんですか?」
「知子さんの同級生だった佐々木と申します。今日はお願いが有って参りました」
知子の名前を聞いた知津子は目を見開いた。そして、オレの後ろに顔を伏せる千尋の顔を見た瞬間、息を飲んで口を被った。
「ま、まさか、千尋ちゃん?」
知津子が自分の孫の名前を声を震わせて呼んだ。
まさかいきなり自分の名前を呼ばれるとは思って無かった千尋は、驚いて顔を上げた。
「お、おばあちゃん…」
千尋にとって初めて見る顔だった。葬儀の時に会っていたが、終始俯いて泣いていた千尋は、自分の祖母の顔を見ていなかったのだ。
知子に似た顔立ち、知子が歳をとったら、こんな感じになるだろうと思える雰囲気に、千尋は目を見開いた。
「あ、あなた、来て下さい。千尋が…千尋ちゃんが来てくれましたよ」
知津子が家の中に向かって声を掛けた。
「さ、さあ、入って」
知津子がオレ達を促した時に、玄関先から男の声が聞こえた。
「家に入れる必要は無い」
開いたドアの外からオレは声の主を見た。葬式の時よりかなり老けた千尋の祖父武弘が立っていた。
オレは会釈をした。
「知子さんの同級生だった佐々木と申します」
「その佐々木さんが一体何の用件だ?」
苦虫を潰したような顔だった。
一筋縄でいきそうにないな。一瞬心が折れそうになったが、千尋のことを思うと力が湧いてきた。
「突然の訪問を許して下さい。今日はお願いが有って参りました。ここでは何ですから、中に入れていただけませんでしょうか」
相手の目をしっかりと見ながら言った。
「話はここで聞く。要件は何だ?」
「あなたっ!」
知津子の非難めいた声を上げた。
「お前は黙っておけ!」
武弘の怒鳴り声に、千尋はビクッと体を震わせた。今にも泣きそうな顔だった。可哀想に。
「わかりました。ここでお伝えします」
オレは気持ちを落ち着けると、自分の立場、慎吾の入院、そして千尋と結婚をすることを報告した。
「それで結婚式には是非、ご出席していただけませんでしょうか」
オレが頭を下げると、千尋も慌ててぺこんと頭を下げた。
それまで黙っていた武弘が、オレの下げた頭に向かって吐き捨てるように言った。
「結婚だと?この子は高校生だろうが」