真紀ちゃんと『おあいこ』-3
おい!それはイカンだろ。うら若き乙女が、出会って間もない男をそんな風にさそっちゃだめだ。僕の頭の中の人が、彼女の保護者のようなセリフを吐く。でも実際に僕の口から出て来たのはこんなセリフだった。
「じゃぁ、お言葉に甘えて、お茶でも頂こうかな。」
ここで「泊まる」と言わなかったのは、せめてもの自己防衛かもしれない。彼女の部屋は3階建てのアパートの最上階で、1Kにロフトの付いた部屋だった。なんだろう、この女子の部屋の甘酸っぱい匂いは。空気を肺に一杯吸い込むと幸せになれる。部屋もガーリーなパステルカラーのカワイイ感じだ。何か自分がこの場の異物のような場違い感に襲われる。彼女は紅茶を淹れてくれた。彼女の好きなのはアールグレイだそうな。さわやかな匂いが立ち込める。
彼女がソファーの隣りにすわると、なんだか恋人のような感じがしてきた。ちなみに、これで刺された女子大の教員は歴史上沢山いる。僕も先輩の教員から色々と自己防衛法を教わっては来たが、今日はその考えはどこかに飛んでしまっていた。
彼女は紅茶を一口飲むと、テーブルに置き、こう切り出した。
「先生。あの日、なぜ、あんな事ができたんですか?」
詰問する口調ではなく、優しい語り掛けだった。でも僕は口の中の紅茶をもう少しで吐き出すところだった。何のことを聞いているのか、すぐにわかったけど、頭を整理する時間を稼ぐために、間抜けな質問で返した。
「あ、、あんな事って??」
真紀ちゃんは僕から目をすこしそらすと、顔をカーッと紅潮させて続けた。
「先生、私の体を手で綺麗にしてくれたじゃないですか。でも、例えあれが自分の家だったとしても、例え誰も見てなくても、例え誰も来る可能性が無かったとしても、自分の手であんな事出来ないなぁって思ったんです。自分の事でもただただ途方に暮れるだけなのに、自分が逆の立場だったら、他人に自分ができるかな?って思って・・・・。」
なんでそれが出来たのかなんて考えたことが無かったので、僕は考えながら答えた。
「なんでだろう。少なくとも、逆の立場だったらって考えたら、同性か異性かにかかわらず、他の人に見られたくない事態だし、それでいて自分じゃどうしようも無い事態というのも確かだし。だとすると、最初に見られた人に助けを求めるしか無いかなぁと思ったからかなぁ。。」
実際は、嫌々というよりは、もうすこし前向きだったような・・・と考えて付け加えた。
「あ、でも、嫌々とか、そんな気持ちは無かったよ。真紀ちゃんは晩御飯の時、一番話した学生だったし、スイマーという共通点もあったし。なんとしてでも助けなきゃって思って必至だったよ。それに汚くなんてないよ。きれいだったよ。」
今度はちょっと、本心を言いすぎてしまい慌てる。
「綺麗というのは、ほら、いや、別に健康的な人なら、尿も嘔吐物も無菌だし、大腸菌も病原性でなければ無害だし・・その。」
あぁ、今度は理系オタクっぽくなってしまった・・・。僕は何が言いたいんだ?!
もごもご言う僕を無視して真紀ちゃんは言った。
「先生、きれいって思ってくれていたんですか?」
待った!待った!いや、そこは流してくれ。気まずい雰囲気を打ち消すように、世間話に話題を移そうとしたけれど、真紀ちゃんは許してくれない。僕はとうとう白状した。あの日、自分の排泄物にまみれた姿が自分には、今の透き通った純真な目をもつ真紀ちゃんと全く同じに見えていたし、身体を覆っていた排泄物も、今着ているブラウスやスカートと同じく可愛く見えていた事を正直に話した。ぶっちゃけすぎちゃったけど、真紀ちゃんの目には軽蔑の色は浮かばなかったので、ひとまず安心した。
「正直に話してくれてありがとうございます。これで安心して大学生活をおくれそうです。私、ロフトに寝ますから、先生はソファーを使ってください。あと、これ兄が来た時用のスウェットですけど、よかったら着てください。」
僕はさすがに学生の家にお泊りは憚られるので「歩いて帰るよ」と言ったけど、真紀ちゃんは「今日まで含めて『無かった事』という事にしましょう」と強引に引き止めたので、僕も五時台の始発まで休ませてという事で、泊まる事にした。スウェットに着替えて、ソファに横になると、時間も時間なのですぐに寝てしまった。