波乱の高円寺-4
紀夫は昨年夏の西東京大会決勝について、熱く語った。球場にまで足を運んでの観戦。高校野球好きが言葉の端々に感じられて、なんだか嬉しくなった。熱の入った話を聞きながら、カフェオレを一口また一口と飲む。心は弾んでいた。
「まほさん、今日はありがとう」
男性の声が聞こえた。ひとつ向こうのテーブルだ。
残り少ないカフェオレを飲み干して、カップをそっとソーサーに置いたとき、スタジャンを着た男子が横を通り過ぎていった。短髪でがっしりした体格。いかつい顔立ち。一瞬見ただけだが、クラスメートの山川だとわかった。山川周平。野球部の次期エースだとうわさされている硬派だ。土曜でも練習はあるはずなのに?
ひとつ向こうのテーブルを窺った。真帆がいた。少しふっくらした体型から滲み出ているゆったりした雰囲気とは相反する性格の持ち主・井上真帆。真帆はレイに向かって手を振ってきた。レイも振り返した。
「うん? 友だちがいるの?」
紀夫は訊いてきた。
「渡部さんも知っている人ですよ」
なんとなく、いたずらっぽい口調になった。
「えっ? 誰?」
真帆は立ち上がって、軽い足取りで、こちらに向かってきた。左右の髪を肩の上で結んだ二つ結びが愛くるしい。ハート柄ニットにライトグレーのショーパン。可愛さがより強調されている服装だ。
「渡部先生……」
真帆は唖然とした。
「君は小説家志望の……」
「真帆です。井上真帆。先生の記憶力って……」
「いや、気が動転して名前が出てこなかった。すまん」
紀夫の表情は動揺から苦笑いに転じた。
「いえ、いいんです……。レイがいるのは知ってたよ。一緒にいる男性は誰だろうって、さっきからずっと気になって仕方がなかった。山川君と一緒だったから、こっちを偵察するわけにもいかず……」
真帆は、レイに向けていた目線を紀夫に移して、にんまりと微笑んだ。